いなりさん






「あー暇だなあ」

 そう言いながら飯を買いに、ついでに立ち読みなんかをするためにコンビニに向かう俺。
 仕事はバイトをやっている、その日暮らしさえできればいいかって考えてるからそれで十分。
 目標もない、希望もない。今日のようなバイト休みの日はコンビニ行って、帰って、パソコンして、寝る。
 確かにそれで満足してはいるのだが、どこか刺激の足りない毎日を送っていた。

「暇だ暇だ」

 それはもしかしたら、俺の内面にいる天使が「お前の人生このままでいいのか? 
ちゃんとまともな人生送るべきなんじゃないのか?」ということを警告するために口に出させてるのではないかとも思ったが、
この慣れきった怠惰な生活をチェンジできるほど、俺はちゃんとした意志を持っていなかった。
 へたに刺激を求めるより、この安定した怠惰な生活をするほうがずっと楽だった。
 でもまあ、神様ってやつはそんなやつにこそ試練というやつを与えるわけで。

『……こーん』
「ん?」

 どっからか鳴き声みたいなものがした。
 こーんっていうと狐? こんなところに?
 確かにここはまだ田舎ではあると思うが、コンビニもあるしゲーセンもある。ある程度は都会化している。当然動物なんて滅多に見かけない。
 気になってしまった俺は引き寄せられるように鳴き声のした方へと向かう。

『……こーん、…こーん』

 だんだん鳴き声も大きくなってきた。
 てか、実際狐って鳴くのかとも思ってきたが、そこは逆に怖いもの見たさってやつが出てきてしまったわけで。
 俺はずんずんと鳴き声の方へと近づいていく。

『…こーん、みこーん』

……なんか鳴き声おかしくないか?
 いや、確かに最初っからおかしいことはおかしいんだけど。
 俺の聞き間違いではなければさっき確かに『みこーん』って鳴いたような……。
 やがて、その鳴き声を発した物が見えてくる。

「……」

 俺はそれを見て言葉を失った。
 いや、確かに狐のあのふさふさなしっぽがそこにはあった。
 でも……そう、でもだ。

「みこーん、みこーん」

 何故かそこには黒髪で、巫女装束を着た女の子の姿があった……何故かダンボール箱に入って。





『いなりさん』





「……」

 まだ沈黙状態から立ち直れない俺。
 ちゃんとふりふり動く狐のしっぽ、何故かつけている狐のお面(しかも顔を隠していない)、表情を出さずにおかしな鳴き声で鳴き続ける少女。
 こんな常識では考えられないものが目の前にあるのだから俺の脳内コンピュータも処理がおいつかない。

「みこーん、みこー……」

 こちらの方に気付いたからか、急に鳴き止む。
 そしてこっちの方をじーっと見つめてきた。

「……(じーっ)」
「……なっなんだよ」

 その狐のお面をつけた巫女さんは指をダンボールの方に向ける。
 そこには文字が太いマジックのようなもので書かれた文字があった。

「なになに……『拾ってください』?」

 もうなんつうか捨て猫と同じようなパターンだった。
 改めて巫女さんの方を向く。

「で、拾ってほしいのか?」
「……(こくっ)」

 あっさりとうなずいた。
 もしかしてどっきりカメラかなんかじゃなかろうか。
 そう思って辺りを見渡すがそういった類のものは一切見つからない。

「……何でこんなところに捨てられてんだお前は」
「……?」

 すると巫女さんは首をかしげて、考えるポーズをとった。
 どうやら自分にもわからないらしい。
 ああ、なるほど。俺は今夢の中にいるんだな。でないとこんなわけわからん状況にめぐり合うわけがない。
 そもそも最初からおかしいと思ったんだ、しっぽの生えている狐のお面つけた巫女さんがダンボール箱で拾ってくださいだぞ。
こんなん現実でありえるか、空想の世界ならともかく。
 でも夢っつーことはこれは俺のなんらかの意識を反映したものであるわけで、ふむ、これは後で夢判断でもしてもらう必要がありそうだな。
「それは貴方の願望です」とかかえされそうだけど。
 よーし、そうと決まったら俺は目を覚まそう。
 そういうわけで俺は思いっきり自分の頬をつねった。

「いってぇ!」

 現実という証明がなされただけだった。

「……」

 巫女さんも真似して頬をつねってのばす。

「……いたい」

 初めてみこーん以外の言葉を言った瞬間だった。

「うわー! てかこれ現実なのかよ!!」

 俺は頭を抱えてしまう。
 巫女さんも真似して頭を抱える。

「……うちに来たいか?」
「……(こくん)」

 とりあえず本人の了承は得られた。
 もし、ここで俺が連れて行かなかったらのことを考えてみる。
 
ケース1 誰にも拾われない
 そのまま餓死してしまう可能性大。

ケース2 やばい人に拾われる
 テレビ局でもAVでも、どっちにしろこの子には不幸な展開

・
・
・

「あーもう、拾ってやるよ!」

 最初に考えたケースがどっちもやばいものだったため、この子のためを思ってそうすることにした。
 食費とか色々考えたが、関係を持ってしまった以上その相手が不幸になるのを見過ごしてはいられない。

「……ぶい」

 すると巫女さんは無表情でピースをした。
 一応このなりゆきを喜んでいるらしい。

「……いなり」
「ん?」
「いなり、それが私の名前」

 いなり……ね。
 狐で巫女で、いなりという名前。このパターンでその名前だと本当の名前でないようにも感じたが、
まあ仮に本当の名前でなかったとしてもそれが俺にとって問題があるというわけではないからいいか。

「そっか、よろしくないなり」

 俺はいなりさんの頭に手をのせつつそういった。

「……私、がんばるから」

 一体何を頑張るというのだろうか。

「しっかし、お前連れて歩いてたら変な人って思われてしまいそうだよなあ」

 半ば冗談、半分本気でいなりを見つめながらそのことを口にする。
 狐のお面つけて、巫女装束をつけてて、あげくの果てに狐のしっぽ。
 下手すりゃ警察沙汰になりかねない。

「……どうして?」
「どうしてって言われてもな」

 怪しい格好しているからだと説明したところで、多分この調子じゃわかってくれないだろう。

「せめて動物なら怪しくないんだけど人間だもんなあ」

 まず人間が捨てられているという事態が異常なわけであって、普通なら警察に届け出た方がいいんだろうけどこれはそーゆー問題ではない気がするし。

「動物ならいいの?」
「ああ、でもまあ現実だし変身できるという展開には……」
「……じゃ、化ける」
「できるのかよ!!」

 俺は思わず大きな声でつっこんでいた。
 何このどんどん現実から離れていく感じは。

「……どろん」

 ずらしてつけていた狐のお面をちゃんと顔につける。
 その後いなりがそう口にすると、こういうのでは定番といった感じでいなりのまわりがドライアイスのような濃くて見えづらい煙に覆われる。
 ようやく煙がはれたかと思うと、そこに人間の姿はなかった。
 下の方を見て、そこに可愛らしい1匹の子狐の姿があるのを発見した。

「みこーん」

 相変わらず鳴き方はおかしかったが。
 思わずこのおかしな状況に改めて頬をつねってみたが確かに痛かった。何この非現実なのに現実っつー状況は。

「夢じゃねーし現実的じゃねーし、俺は何に巻き込まれようとしてんだ……」

 思わず口に出してしまう。ただただ、厄介事に巻き込まれないように心から祈った。無理そうだが。

「……よろしく」
「その状態であまりしゃべるな。怖いしなんか凹むから」

 とりあえずいなりを飼うことになった俺が考えることは、餌は人間のでいいのかなという現実逃避が若干混じった現実的なものであった。

つづく???


☆おまけ☆
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