〜いなりと食事の巻〜





「ん……」

 朝の日差しが差し込んできて目が覚める。
 ふと、隣を見た。そこには、狐耳を生やした少女の姿がすーすーと寝息をたてて眠っている。

「夢じゃ…ないんだな」

 昨日の出来事を反芻する。
 この子を拾って、帰ってきたらいきなり掃除してもらって、仲間が来て、そして一緒にカップ麺をすすって、いつの間にか疲れて寝てしまって……。
 怠惰でくだらない日常。そんな生活の中に迷い込んだハプニング。
 いなりは俺に何を届けに来たのだろうか。刺激? 幸福? それとも……。

「まあ、暮らしていけばわかるか」

 起こさない程度に軽く、いなりの頭をなでる。耳がぴくぴくと動いた。気持ちよかったのだろうか。思わず、軽く笑みを浮かべてしまった。
 しかし…顔を眺めて思う。こいつ、一応女の子なんだよな。
 欲情が少しもわかないのはどうしてだろうか、どちらかというと、父親とかに近いような。
 ああ、わかった。
 俺はこの子をどちらかというとペットとして認識しているんだ。
 まあ、元が狐みたいだし決して間違っちゃいない。
 ペットといえば……俺は今まで飼った動物たちを思い出す。猫や犬や兎、ハムスターとかもいたっけ。
 一緒に、成長した。
 全部、可愛がった。
 みんな、いなくなった。

「……お前は、いなくなるなよ」

 まだ一日しかたっていないのに、傍にいてほしいと思うのは昔のペットを思い出して寂しくなったからだろう。
 そのとき、なでていた俺の手をいなりが両手で掴んだ。
 一瞬「起きたのか?」と思ったが目はまだ閉じている。
 そのまま、手を止めて様子を見る。
 寝ぼけているのだろうか、そう思った瞬間だった。

「……はむ」

 いなりは、俺の指を甘噛みしてきたのだ。

「うわっ!」

 別に痛くはなかったのだが、突然された行為に驚いてしまったため思わず手を振り上げてしまう。

「ん……」

 いなりはそれが原因で目が覚めてしまったようだ。
 半開きの眼で俺の方を見つめるいなり。

「お、おはよう」
「……おはよう」

 先ほど俺にした行為に気付いていないのだろうか、そのまましばらくぼーっとこちらを見つめていたが、やがて本格的に目を覚ましたのか立ち上がる。

「朝ごはん」

 そういって台所へと向かう。

「おーい。俺は朝食いらんぞ」

 今日はたまたま早かったものの普段は起きるのが遅いので朝食を取ることなんてほとんどない。もちろん、今日とて水分だけ取ってすませるつもりだった。

「…だめ、朝ごはんは取らないと」

 しかし、いなりは俺が止めるのも聞かず冷蔵庫を開け、中を確認する。

「何もない……」
「悪かったな」
「……でも、朝ごはんくらいはなんとかなると思う……お米はどこ?」
「米はその台所の下だ」

 俺も立ち上がり、いなりに場所を教える。

「わかった、ありがと」

 いなりは台所の下の棚を開ける。俺もせっかくだし手伝うとするかね。箸とか茶碗とかを用意しようと思い、食器棚から取り出していく。
 ふと、いなりの動きが止まっているのに気付いた。何かをじっと見つめているようだ。
 何を見ているんだろうと気になる。すると、突然いなりが素早く動き、棚の中に入った!

「おっおい、どうしたんだ?」

 俺はいなりの方へと近づく。いなりは手の中に何かを閉じ込めているようだ。
……なんか嫌な予感が。

「…つかまえた」
「……つかまえたって何を」

 物凄く嫌な予感がした。しかし、それは手遅れだった。

「これ」

 差し出すかのように手の中を見せる。
 いなりの手には、黒い悪魔がいた。

「うわああああ!」

 思わずのけぞってしまう。意外と大きい。しかもまだ生きててかさかさ動いていた。

「はっはやく捨てて来い!」
「…わかった」

 少々残念そうに外に黒い悪魔を捨てに行くいなり。
 しかしゴキブリを手掴みとは……こういうところは動物なんだなと思う。もしかして、ここは褒めるべきだったのだろうか。先に感情で動いてしまった、少し反省。

「ただいま……」

 外からいなりが帰ってきた。ちゃんと手にアレの姿はなくなっている。

「とりあえず、ちゃんと手を洗ってから料理しようか」
「うん、わかってる」

 きちんと手を洗い、そのあとで料理の準備をしていく。
 米を研いだりしているところを見ると、今度は人間らしいと思う。
 どこで覚えたんだろう。その手つきは手馴れていた。

「…座って待ってて」

 そういなりに言われたので、仕方なくテーブルのある部屋でいなりの料理が終わるのを待つ。
 しばらくして、いなりが戻ってきた。

「あとは、ご飯が炊けるのを待つだけ」

 そういったので、2人して待つ。

「なあ…どこで料理とか覚えたんだ」
「……見て覚えた」
「見て…ねぇ」

 俺の前にも飼い主がいたんだろうか。まあ、いたのだと思う。捨てられていたし。
 きっと、そいつは料理をよくしたのだろう。
 そんな光景を想像すると、とても動物を捨てるような人には思えないのだが。まあ、何かしら事情があったのかもしれない。
 やがて、ピーという音が響いた。飯の炊けた音だ。
 いなりは台所へ行き、そして手にお盆を持って戻ってくる。
 お盆の上にはご飯と味噌汁、典型的日本の食事だ。

「インスタントだけど…食べないよりはマシ」

 そういえばインスタントの味噌汁買ったはいいけど全く使っていなかったっけ。
 確かに朝食くらいはなんとかなるわけか。

「んじゃ、食うか、いただきます」
「…いただきます」

 2人していただきますをして、ご飯と味噌汁を食べる。
 なんか、うまい。単なる味噌汁とご飯だけなのにな。
 そういやマンガかなんかで誰かが一緒にいると食事はおいしくなるっていってたな。確かに友達と食ってるときの飯ってなんかうまいんだよな。
 いなりの方を見る。いなりは頬に飯粒をつけながらご飯を一生懸命ほおばっていた。

「ほら、飯粒ついてるぞ」

 俺は笑みを浮かべながらいなりについた飯粒を取る。
 どっかになすりつけるわけにもいかないのでそれは俺の口の中に納めることにした。

「……」
「ん? どうした」

 頬を赤くしながら俺の方をじっと見るいなり。

「…なんでもない」
「なんだそりゃ」

 また一生懸命にご飯をほおばりはじめるいなり。さっきよりも速度が上がっている気がする。
 こうして誰かがいる朝食、それは幸せなんだな、そう思いながら俺もまた止めていた箸を動かし始めた。



中途半端に終わり

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