おおかみさん〜10話〜













 なんだ、この違和は?
 

 俺の命題は何だ?

『役に立つか否か』だったはずだ。

 その役が立たんのであれば、最初の約束が成り立たない。
 そのはずだ。

 だが俺が新たに立てた命題は、相互の役を立てるものだ。


 おおかみが『役に立つ』ように、俺が鍛えるよう、『役に立つ』。


 たった、それだけの事だったはずだ。




 一度決めた事、考えるにも及ばない。


 考える事を、放棄したのかもしれない。











 それはそうと、おおかみの表情が気になった。
 暗い、と、少なからず感じた事だ。
 
 なにが問題があるのか問うべきか迷う。
 俺が介入すべき事なのかも迷う。

 確実に過保護になっている気がする。
 過保護、という言葉が適切なのかは知らないが。






「眉間にしわがよってますよ」

 と、深山に注意されたのはその日で三度目だった。

「そうか」

 気をつけているつもりだが、どうにもうまくいかないようだ。
 笑顔のコツがあるのなら聞きたいものだ。もっとも、俺には似合わぬものだろうがな。

「何かあったんですか?」

 さすがに俺の表情が気にかかったか、そう尋ねてくる。
 何かがあった、と、具体的な話ではない。

 何かが起こる。
 か、
 何かが固まる。
 何も起こらなくなる。

 そう感じ、
 結局、なにがあるのかも分からないという体たらくな現状だ。

 無論、そんな現状を話すことも無い。
 話したところで何も解決はしない。

「なにもない」

「そ、そうですか……」

 深山は声のトーンを落とした。
 傷つけたわけではあるまいが、気遣わしげな態度を雑に扱った事には変わりあるまい。

「……俺の顔色は心配になるか?」

「え?」

 深山が疑問符を浮かべる。
 何も答えないなら会話はここで終わりだ。元々、大した話題でもない。

 だが、深山は、俺の言葉を反芻し、理解し、

「は、はい……」

 頷いた。

「そうか」

 俺もただ首肯するのみ。

「心配は無い」

 ただ、問題が無いと告げるのみ。
 気遣う事も心配事も、深山が気負う事も無い。

「先輩」

「なんだ」

「先輩って……、丸くなりましたよね……」

 ……、何がだ?
 体系か?
 おおかみが食事の管理をするようになってからは健康的になっているだろうな。
 なるほど。さもありなん、か。
 だが、丸いといわれるほどなのだから、少々肥満になっているのか?
 馬鹿な話だ。

「気をつけよう」

「え?」

「どうした?」

「ど、どうして気をつけるんですか?」

 少々怯えた様子だ。
 丸くなったと指摘した事に対する回答に何か問題があったのか。
 
「お前は俺の事が丸いと言っただろう」

「え、あれ?」

「どうした?」

「あ、その、私、先輩の性格のほうを言ったんですけど……」

 性格?
 それのどこが丸くなったというのだ?

「昔から変わっていないはずだが?」

「そ、そんなこと、ないですよ。話しやすく、なりました」

「そうなのか」

「はい。ちょっと前だったら、多分、話しかけたときに、『うるさい』って、言われてました」

 ……そうか。
 確かにそうかもしれんな。
 思えば、こう、会話らしい会話というのは、あまり経験が無い。
 忙しさと生活苦からか、周囲の人間を隔絶して一人喘いでいたからな。

「それはすまなかったな」

「あ、いえ、その、大丈夫です。今の先輩、なんだか、優しいです」

「そうか」

 優しい、と、いうのか。俺を。
 俺は優しい人間ではないはずだ。
 一番最初におおかみと出会った時に、その事をあいつは一番身に染みて知っている。
 何度も追い出した。
 何度も罵った。
 
 そう、優しいはずが無い。
 優しくなったなど、過去の行いに対して裏切りだ。
 害意ある事をして今更、優しい人間であって、なんとするのか。

 だが。



 その言葉を、本当の自分にしたいと思うのは、愚かな事か。
 馬鹿な話だと思う。












「何だか元気が無いようだね」

 神主、様が……私に、そう、言いました。
 元気が無い、ように、見えるのでしょうか……。

「もしかして、高崎君と何かあったのかい?」

「え!?」

 思わず、大きな声が、出ちゃいまし、た……。
 どうして、……分かったんで、しょう……。

「いやはや。その反応、図星のようだねぇ」

「あ、う……」
 
 分かってて、言った、ワケじゃ……無い、みたい、です。
 今日の、神主、様……ちょっと、変、です……。

「喧嘩したのかい?」

 首を、振ります。

「怒った? 怒られた?」

 そうじゃ、無い、です。

「高崎君の事が好き?」

「!!??」

 え、あ、う、……。
 うー、……。

「まあ、それは知ってたけどね」

「!?!?!?」

 あ? う!?

「いっひー♪ 隅に置けないねー♪」

 あ、この声……。もしかして、

「たぬ、姉さん……?」

「ぴんぽーん」

 神主様、の、顔が、いつの間にか、たぬ姉さんに……。

「どう、して……?」

「んー? 今頃どれくらい進展してるかなーって、見に来たのさ」

「そ、そうなん、です、か……」

 驚き、まし、た……。
 神主、様、に……、化けて、いた、なんて……。
 でも、進展、……なんて……。

「んっふっふー♪ 悩める乙女のために再び登場のお姉さんにまっかせないさい!」

「あ、そ、そういえば……」

 たぬ姉さんに、頭を、下げます……。

「あの時は、どうも、ありがとう、ございま……す」

「あー、いいっていいって、またまたそんな。堅っ苦しくなくてもいいのに。ていうか、今はその話はいいからさ」

「え、あ、はい……」

 明るくて、優しい、たぬ姉さん……。
 とても、気さくで、面倒見がいい、綺麗な人……。

 いいな、って、思い……、ます。

「それでおおかみちゃん、お話なんだけどさ。あんたの大っ好きなご主人様のお話」

「///!?!?!」

「もう、それ聞いただけですぐに真っ赤になっちゃって、可愛いんだから。でも、真っ赤になってたり、黙ってばっかりじゃお話は進まないんだよ。ご主人様との仲も、ね♪」

「あ、うぅ、その……」

「ね、話しちゃいなさいな。何かあるんでしょ、ご主人様にさ」

 私は……、その……。
 ご主人様と、は……。










「なるほどねー。うん、もうここは一発食らわしてやらないとダメだね」

「え、あ、そんな……」

「あ、もちろん性的な意味でね♪」

「///!?」

「なんちゃって♪ おおかみちゃんにはまだ早いかな。あ、でも、踏み切るときは教えといておくれ」

「あの、その……」

「まあ、冗談は置いておいて。あ、でも半分は冗談じゃないんだよ。あんた、今のままだとただの妹的存在で終わっちゃうわよ」

 妹……。
 そういう、風に、……。
 確かに、感じ、ました……。

 でも、それで……一体……。

 わたしは、何が、苦しいん、だろう……
 ただ、ご主人様、の……、世話を、する、だけ。
 だから、それ、だけ……、だから。

「あらぁ、おおかみちゃん、なんか難しいこと考えてるんじゃない? 自分は……、そうね……、好きになる資格なんか無い、とかね」

 あ……。
 
「別に気にしなくってもいいのさ。自然体で、ね。だから、好きな好きでいいのさ。それとも、おおかみちゃんは今のご主人様は嫌い?」

「き、キライじゃないです!」

 つい、大きな……声、を、出して、しましまし、た……。
 けど、たぬ姉さん、は……、にっこり、と、笑い、ました。

「好き、とかはまだよく分かんなくても。嫌いじゃない。そんで、妹扱いも、なんだか不満。そんなところ、かな」

「そんな、こと……」

「無くは無いでしょ? 自分に正直にならないと、出来ないこととか届かないことがあるんだよ。おおかみちゃんのご主人さまに、他に好きな女の子が出来たらって、考えない?」

 !!
 ずきりと、胸が……。

 ご主人様、が、その……誰を、好きになっても……。
 私が、何かを、言うなんて……。
 想う、なん、て……こと……。

「あ」

 たぬ姉さん、が……、私の、両手を、握り、ました……。

「そんな奥手なおおかみちゃんに、お姉さんが魔法の言葉を教えてあげる。いいかい? ちゃんと言うんだよ?」










 今日は、おおかみが先に帰ってきていた。

「今日は早かったな」

 と言うよりも、昨日が遅かっただけなのだがな。
 
「は、はい……」

 いつも通りの事。何を気負う必要がある。
 違うとなれば、ただ己のこと位か。
 
 過去の行いと、今の事と、か。
 優しいとは、違う。ただ、おおかみを強くしたいと、思っただけのこと。

 ……何を想っての、思惑か――

「ご主人、様……?」

 おおかみが訝った顔で尋ねてくる。
 それに対しては、首を振る。

「何もない」

 そして、ニ、三。あやすように頭をなでる。
 まるで、優しさを演じようとする道化だな。何に対する道化か。
 馬鹿な話だ。

「あ、あの……」

「なんだ?」

「その……私は……」

 何かを言いかけて、飲み込む。
 一瞬、躊躇った様だが、言葉を紡ぐのを恐れている様子は無い。
 俺が、遮るべきではない。





「私は、……ご主人様の……なんですか?」





 その問いに、どうやって答えられるというのだ。
 俺自身がもてあましている問題だと言うのに。






「それは、お前が決めることだ」






 逃げ、とも、言うか。
 
 今のところ、何と言うのだ。
 俺に対して追いすがり、家事をこなし、尽くすことを、まるで義務のように……、

 従属する者とは答えない。
 だが、仮定としてきた続柄も出てこない。


 だとしたら何だ?
 俺にとって何だ?

 おおかみがなるであろう『役』に、

 何を、願った……。



「あ、その……、わかり、ました……」



 その意はどのような感情か。
 確たる答えを出せずにいた自信のふがいなさをも思う。
 
「そうか」

 だが、これ以上、何をいう事もない。
 踏み込むこともなく、
 さりとて、去ることもなく、か……。

 馬鹿な話……。


「ご主人様」

「なんだ」

 とと、と、おおかみは歩み寄ってきて、俺の顔を見上げた。

 涙ではなく、濡れた瞳……。
 頬は薄紅色にそまり、口元はわななくよう震え、
 
 と、と……。



 俺の胸元に倒れこんだ。

「な――」

「ありがとうございます」

 俺が中を思う前に、すっと、おおかみは離れた。
 顔はさらに熱を帯びたように紅潮しきっている。

「ご、ご飯の、じゅ、準備をしてきます!」


 本当に珍しく早口でまくし立てると、おおかみはすばやく行ってしまった。
 一連の出来事に全く反応できぬまま、ただただ玄関口で立ちすくんだままだった。

 なんとも整理のつかぬ心持。
 俺は乱暴に腰を下ろして頭をかきむしった。

 情けない。


 性根が定まらぬことがこれほど歯がゆいことなのか。
 
「ご、ご主人様……ご飯、できて、ます……」

 そういうおおかみは、いつもと同じように思えた。
 俺ばかり、動揺するなど、馬鹿な話。

 いや、

 動揺することがあること自体……。
 

「ああ、今行く」

 

 結局。
 今は結論も出ない。

 これからどうなるかは、預けた返答のとおり、おおかみ次第か。

 
 
 だが、
 座して機を待つほど、愚か者であるつもりもない。


 結論は出そう。
 

 そう、

 もう少し、


 俺が、


 自分を許せたならな。



















 たぬ姉さん、が、教えてくれたこと、は……。

 私、には……、出来ません、でし、た……。

 
 でも、だから、……でしょうか。
 
 私の、した、ことは……。
 私自信、が、思って、した……こと。

 最後に、あんな、思い切った……ことを。

 
 たぬ姉さんが、私に、言った、ことは……。
 私と、ご主人様の、関係、を……決めて、しまう、ような、こと。

 でもまだ、ダメだ、と……思いまし、た。
 
 私の行動、も、決めてしまう、こと、に……働いて、しまう…こと、だった、けど。
 結論は、まだ、……だった……から。

 
 私も、ご主人様も、まだ……まだ、だから。



 

 でも、ただ、一つ。

 私は、もう、
 決まって、ます。









一言感想もらえるとうれしく思います。

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