おおかみさん〜12話〜
深山という後輩がいる。
実に小柄で、引っ込み思案で内気だったが、
最近になってよく話しかけてくるようになった。
よく気のつくやつで、俺の表情を特に指摘するようになっている。
私語を慎めと諌めれば、小動物のように肩を落とす。
そもそもはクリスマスの一件が絡んでいたのだがな。
よもや、その話がおかしな形で蒸し返される事になるとは。
馬鹿な話だ。
「お守りをください」
そう言って、久しぶりに、
お客、さんが……たずねて、きました。
「は、はい」
あ、
お客さん、じゃ、なくて……。
参拝客、って、いうのかな?
「ど、どの、お守り、ですか?」
少し、緊張、して……しまいました。
人を相手に、する、から、
これでは、いけないん、です……けど……。
「あ、そ、その……」
お客さん、は、
まるで、私、みたいに、……。
しどろ、もどろに、答え、ました。
「縁結びを……」
顔が、真っ赤、です……。
つられて、私の、顔も……赤く……。
「ど、どうか、したんですか?」
「え、いえ、なんでも、ないです……」
「そ、そうでか?」
「は、はい……」
気まずくなって、お互いに、黙って、しましまし、た。
「な、なんだか……」
「?」
「似て、ますね……」
なんの、ことだろう、と。
思いまし、た。
「私、たち……。似てないですか?」
「え……」
それは、ちょっと、思いました。
なんと、いう、か……。
話し、方、が……。
「そうかも、しれま、せん」
「そう、だよね」
「あ、あの。どれが、いい、ですか?」
「え、ええと……」
お守り、を、選らんで、もらいます……。
お客さんは、迷って、見ています。
「……」
「……」
しばらく、じっと、見ていました。
真剣に、じっと、じっと。
声を、かけるのも、ためらわれる、くらいに……。
「これに、してください」
「あ、は、はい」
選んだのは、ピンクの、可愛い、お守り。
なんだか、お似合い、です。
お客さんは、私を、見て……、
はにかんで、笑いました。
とても、素敵でした。
「叶うと、いいですね」
心から、そう思います。
だって、この人は、
真剣、だったから。
「あ、ありがとう、ございます」
ぺこりと、頭を下げました。
「あの、私。深山由香っていいます」
「わ、私は、おおかみ……」
そこまで、言って、
違うと、気付き、ました。
「大神鳴です」
それが、私の、名前。
「鳴ちゃん?」
「え、ちゃ、ちゃん?」
いきなり、ちゃん付け、です。
でも、嬉しいです。
「えっと、じゃあ、由香ちゃん?」
「あ、うん。由香ちゃん……」
なんだか、恥ずかしそうに、笑いました。
二人で、小さく。
「また来るね」
「うん。また」
由香ちゃんは、そういって、帰りました。
なんだろう。とても不思議です。
ちょっと、顔を、あわせただけ……なのに。
とても、すんなりと、お友達に、
なれました。
不思議です、けど……。
なんだか、とても、嬉しいです。
「神社?」
深山が友達が出来たと、嬉しそうに話す。
それを何故俺に話すのかは知らんが、喜ばしいようなので深く考えずにおく。
「そうか」
「とっても、可愛い子でした」
まるで我が事のようだ。
「ところで、神社と言ったか?」
「え、はい。言いました」
「そうか」
神社といえば、ここらには一つしかないな。
俺が正月に世話に立った場所。ついでに、その少し前にもな。
「神社に何の用だった?」
「え、あ、それは……」
「言いたくないならそれは構わんがな。少し思うところがあってな」
「な、なんですか?」
大したことではない。そこに、知り合いがいるだけの話だ。
少々、厄介な知り合いではあるがな。
「知り合いがいる」
「え、そうなんですか? もしかして……」
「いや、そうだな。あそこに深山の友達になりそうな人間といえば、一人しか思いつかんな」
「じゃあ、先輩……。鳴ちゃんの……」
「やはりそうか。知り合いだ。いや、……」
説明が面倒だ。
「親戚だ」
「そうだったんですか……」
深山が感嘆の息を吐く。
世間は狭いということか。
まあ、おおかみの交友関係が広がる事は悪い事ではなかろう。
「もしかして、あの、クリスマスのとき、手伝ってくれた人ですか?」
「そのとおりだ」
そういえばそんなこともあったか。
しかし、知り合いだというだけで分かるものか。勘の良い事だ。
「アレは人付き合いが苦手だ。よろしく頼む」
「あ、はい」
「鳴ちゃん、こんにちは」
「あ、由香ちゃん。こんにちは」
箒で、お掃除しているところに、由香ちゃんがやって、きました。
「ねえ、鳴ちゃん」
「なんでしょう?」
「高崎先輩の知り合い、なんだよね?」
「え?」
思いがけない、名前が出てきました。
なんで、そんなこと、知ってるんだろう……。
神主さまに、聞いたの、かな?
「私ね、先輩と同じところでアルバイトしてるんだ」
「そ、そうだったんですか……」
世の中、人がどう、繋がってるか……。
分からない、もの、です。
「霧人さんは、どんな、感じ、ですか?」
ちょっと、気になりました。
ご主人、さま、が、
どんなふうに、働いてるのか……。
「うん。ものすごく真面目。その、時々ね、眉間にしわが寄ってるんだ」
「そうなん、ですか」
とても、親しげです。
ご主人様、とは、どんな、仲なんでしょう……。
「鳴ちゃん、あの……」
「なんで、しょう?」
「クリスマスの時、ごめんね」
「え? なんの、こと、ですか?」
その後、由香ちゃんは、話してくれました。
クリスマスの、時、どんなことが、あったのか。
由香ちゃんが、どうして、そんなことを、したのか……。
「そうだったん、ですか」
「うん。ごめんなさい」
「そんなこと、ないですよ」
悪い事、だと、思いません。
だって、いやな事、だったの、だから。
だけど、ちゃんとするところは、ちゃんと、しないと。
「次は、ちゃんと、しないと……いけないですね」
「そう、だね。うん、ごめんね」
「もう、だいじょうぶ、だから」
「うん、でも、うん……」
謝って、ばっかり、です。
なんだか、こういうところ、も、
私と、似て、います。
「じゃあ、……」
「じゃあ、?」
何か、私が言わないと、納得、
してくれない。
そんな、気が……します。
「霧人さん、のこと」
「先輩のこと?」
ご主人様は、人付き合いが苦手そう。
私も、そんなこと、言えたものじゃ、ないのだけれど……。
「霧人さん、人付き合いが。苦手、だから。その、よろしく、お願いします」
「え?」
由香ちゃんは、何故か、
とても、驚いたよう、でした。
「それね。その、先輩にも、言われたんだ」
「ご……霧人さんに?」
思わず、口に出掛かり、ました。
同じ事?
「人付き合いが苦手だから、よろしくって」
「そ、そんなこと……」
確かに、あります、けど。
ご主人様が、そんなこと、言って、くれるなんて。
「えっと、その、じゃあ」
「うん」
「よろしくお願い、します。由香ちゃん」
「うん。よろしくね、鳴ちゃん」
それから、よく。
お話しするように、なりました。
携帯電話は、持って、ません。
だから、由香ちゃんが、直接きて、
お話、しています。
そのときに、ちょっとした、お話が、でました。
それで、お礼をしたいと、由香ちゃんが。
なにを、するんだろう……?
「というわけなんです。先輩」
これは何かの伝言ゲームか?
確かに俺は、家に帰ってから団欒も何もなく、食事をしてそのまま床につく生活しかしていない。
ああ、そう思えば、そうか。
まともに話もしていないか。
したのも、知り合いだった。そうか。
とだけだったか。
「先輩、眉間」
「ああ」
今のでも、眉間にしわがよっていたらしい。
そういえば、そんなことも言っていたか。おおかみが。
俺の眉間に、しわが寄りやすいのか、と。
馬鹿な話だが。
「あの、先輩。聞いたんですけど」
「なんだ?」
「明日。鳴ちゃんの誕生日らしいですけど。なにかするんですか?」
「なんだと?」
何の脈絡もなしに、初めての情報だ。
誕生日、しかも明日だと?
「初耳だ」
「え、そ、そうなんですか」
深山もとても驚いた様子だった。
なるほど。その調子だと、俺の部屋におおかみが住んでいることくらいは話しているか。
親戚として説明もしてある。問題もないか。
「だとするなら。そうか。俺の落ち度か」
聞かなかった。
おおかみも、そういう事を進んで話すことはしないだろう。ああいう性格だ。
「ともすれば、ふむ……」
「先輩。今までにないしわが眉間によってますよ」
「……私語は慎め」
それまでの会話が私語に過ぎないので説得力もない。
深山もその事に気付いているのか、肩を落とすことなく、きょとんとしたまま。
呆れているやもしれんな。
だが、今問題はそこでは無い。
「深山、一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
「俺はどうするべきだ?」
他人の誕生日など祝った事が無い。
祝う気がないのではないが、そういう機会がなかった。
環境のせいもあり、そんな事をしないことが当然でもあった。
だが、今はそういう気持ちでもない。
生活にも多少の余裕も出てきている。
祝い事だ。
省くところもない。
「じゃあ、その、パーティーとか?」
「パーティー?」
「おいしい料理と、ケーキと、プレゼント。ですよ」
「そういうものか」
一般的とも言えるか。
もっとも、その一般的すらも知らぬ男が何を出来ようか。
「深山……」
「えっと、なんでしょう?」
「頼みがある」
「え、あ、はい」
「……手伝ってくれ」
深山は、心底驚いたようだった。
それもそうか。俺のような男がそのような事を頼めば、おかしな事だろう。
馬鹿な話だがな。
「どうだ?」
「え、あ、はい!」
「命令では無いぞ」
「違いますよ。その、お祝い、しましょう!」
実に心強いことだ。
普段の礼もある。
深山にも、何か返す事があるだろうな。
今日、何の日か……。
私の誕生日、だと、いうことは……。
ご主人様は、その、知りません。
だから、今日、
「おめでとー!」
おうちに帰って、玄関先で、
由香ちゃんと、ご主人様が、
待ち構えてるなんて、思いも、しませんでした。
「え、え?」
「黙っていても何もできん。早く入れ」
「え、あ、はい」
「先輩。もう眉間にしわがよってますよ」
「……知らん」
なんとも、ご主人様らしく、顔をそめけて、しましました。
でも、その手が、私のほうに……。
「早く入れ。今日は、主賓だ」
私の手を引いて、くれました……。
「ありがとう、ございます。その、霧人さん。由香ちゃん」
ご主人様は、そこで、頷いて。
由香ちゃんは、にっこりと、わらって、くれました。
とっても、嬉しいです。
とは、ここまでは、まま順調だったといえよう。
ケーキに刺さったロウソクの数から、深山はおおかみの年に驚き、近い年だと喜んでいた。
腑に落ちんのは、おおかみを年上だと思っていたことか。
いや、そんなことはいいか。
本当に馬鹿な話は、ここからだ。
いや、馬鹿だったのは、俺か。
「先輩、これ?」
「なんだ?」
「お酒、ですよね?」
「そうだが」
祝い事の席で酒はつきものだろう。
俺自身はたしなみもしないが、完全に禁酒するほど厳格でもない。
そもそも、バイトの早退の理由を店長に告げたところにいただいたものだ。無碍にも出来ない。
「大丈夫、なんですか?」
今度はおおかみ。
「問題は無いだろう」
「あははは」
「うふふふ」
問題だった。
「せんぱーい。飲んでますかー?」
「飲んでますよねー? きりひとさーん」
笑い上戸、というのか?
酒の入った二人は、完全に出来上がっていた。
おかしい……。
たかがコップ一杯だったはずだが。
「深山、いいのか。家の方は?」
「だいじょうぶですよー。ちゃーんと、おともだちのところに泊まるって言ってきましたからー」
違う。問題はそこでは無い。
「きりひとさーん。おさけはまんびょうのもとっていうんですよー。のんでくださいー」
ここぞとばかりに良くしゃべる。
酒が入っている状態だと引っ込み思案な性格もなりをひそめるようだ。
ちなみに、百薬の長だがな。
こんどコイツから話を聞くときは酒を飲ませるべきか?
「それでー、鳴ちゃーん。クリスマスの時のはなしー」
「うん。それでねー」
まるで、分からないが。
これが、今時の女子高生というものなのだろうか。
失敗だったな。酒は。
「神社によるにふたりきりー!?」
「うんー。とってもさむかったのー」
普段のこいつらからは想像も出来ない話し方だ、
似ているとは思っていたが、酒の入った後も似るとはな。
馬鹿な話し過ぎる。
「それってー、なにかあったのー?」
「けーきをたべたんだよー」
「そうなんだー。せんぱいはー」
「やさしかったよー」
……大丈夫か、こいつらは?
その後、結局
主賓であるはずのおおかみに負ける形で俺も酒を飲み、さすがに酔いつぶれた。
朝。
誰か状況を説明して欲しかった。
俺は、二人に抱きつかれて寝ていた。
いや、酔っ払いのやることだ。説明などつきはすまい。
朝……。
起きたら、その……
すごい事に、なって、ました……
由香ちゃんと、二人で、ご主人様に、抱きついて……。
う、うう……。
どうしよう……。
昨夜の、こと、
覚えて、います。
私、とても、はしたない、ことを……。
お酒は、初めて、だった、のに……。
どうしよう、どうしよう……。
すぐ横に、ご主人様の顔があって、
眠ってて、その……。
すぐには、起きられそうに、ありません……。
深山由香です。
朝起きたらとんでもない事に、なってました。
えっと、どうしよう?
私、なんてことしてるのだろう……。
先輩の顔が、こんな近くに……。
どうしよう、気絶しそう……。
でも、すごい話も聞きました。
クリスマスの夜のこと。
鳴ちゃんと先輩。二人きりでって……。
しかも優しかったって……。
鳴ちゃんのことだから、そのままのことだろうし。
先輩のことだから、起こったとおりの事だろうけど。
でも……。
どう、なんだろう、この二人……。
ていうか、昨日、
私先輩になんて言ったっけ……。
友達の家に泊まるから大丈夫、って……
まるっきり、そういう言い訳、なんだけど……。
あ、でも、嘘じゃないし。
鳴ちゃんの家でもあるし。
ああ、でも、
どうしよう……。
特に今!
いつ起きたらいいんだろう。
あ、でも、
もうちょっと……。
良い友達で、良い後輩。
おおかみと俺の評価だ。
深山はそれからよく遊びに来るになった。
もちろん、おおかみのところにだ。
懸念もあるが、今のところ問題も無し。
あの日の朝、おおかみが人の姿であって本当に良かった。
この人間関係こそが、今のおおかみには良い事なのだろう。
だから俺は。
俺の心の問題は捨て置く事にした。
一言感想もらえるとうれしく思います。