おおかみさん〜5話-前編〜



「裁縫は出来るか?」

 

今日もいつもどおり夜分遅くにバイトから帰った俺は、一番におおかみに尋ねた。
おおかみはきょとんとした。目線は、俺が持つ大きな紙袋に向いていた。
 
「え、……あ、はい」 

恐る恐るうなずく。
なるほど、できるか。 

「服の修繕を頼みたい。出来るか?」 

「は、はい」 

「そうか。すまんが頼む」 

俺は紙袋を下ろし、その中から修繕を頼む服を取り出した。
赤と白の配色が印象的な、何処の誰が見ても何の衣装か分かるものだ。
おおかみの目が大きくなった。 

「これ、は……」

驚いているか、無理もないか。
似合わんからな。 

「これを着てバイトをせねばならなくなった」 

俺は思い切りため息を吐いた。
おおかみが抱えあげた衣装を見ながら、俺はさらにため息を付いた。 

「馬鹿な話だ」

サンタなど柄ではない。


この時期、商店街を跋扈するサンタクローズの一員になる事になった。
バイト代が割増されるのは、空気が寒いせいに外なら無い。

店頭でチラシを配りながらがクリスマスまで。
イヴからは店頭販売の要員になる。
その頃には冬休みに入っているので十分にバイト代が期待できる。

これをしなければ冬を越せないのだ。
去年痛感した事だが。


さて、渡された衣装がまたひどいものだった。
所々にほつれが目立ち、しかもそれを自分で修繕しろとのことだった。
これもバイト代に含まれるのというのだから、全く、馬鹿な話だ。

本来なら俺がするべきだろう。
簡単な修繕くらいなら俺にも出来る。
しかし、だ。

「おおかみ、お前に頼むのは『仕事』だ」

おおかみは昼の時間何もしていない。
正確には、何もさせていない、だ。

暇をもてあますのは、仕方が無いことだ。
こいつに、家事以上のことを頼めるはずもない。

「仕事……です、か?」

「ああ、そうだ。お前が頼まれたこの仕事にはバイト代が出る」

「そ、そんな……」

いらないとばかりに首を振る。

「出すのは俺ではない。役に立つものには見返りがあってしかるべきだ」

「で、も……」

目を瞑って首を振る。
本当に、こいつは……自分を安売りする。

「お前にも、お前が自由に使える金が必要だろう」

「え?」

今おおかみには、買い物に出かけるまでの外出権を与えた。
権利で束縛するやり方は良くないとは思うが……。
まあ、心配なのだ。

「お前は買い物に出かけるだろう。外に出る以上、目に映るものでも何か欲しいものがあるのではないか」

詭弁だがな。

初めての御使いの要領で、外に馴染ませる次のステップのようなものだ。
今でこそ行き先は固定されているが、さらに幅を広げてもいいはずだろう。


――いつまでここにいるかは知らんがな。





「不満か?」

「い、いえ……。やり、ま……す」

「助かる」

俺には服を修繕している暇は無い。
その時間すらバイトに使わねばならんのだ。
二人暮しは徐々に財政を圧迫している。


理由は二つか……。
どちらが本音で建前か分からんな。







昨夜、の……こと。
ご主人様に……頼みごとを、され、まし……た。

ご主人様が、『頼む』というの、は……とても、珍しい、です。
本当は、もっと……頼んで、欲しい、です、けど……。

頼みごと……ご主人様、なのに……。
見返り、まで……。



わたしは、がんばります。

わたしの、ご主人様の、ため……です。







クリスマスが目前の終業式。
真っ直ぐに帰宅はせずに、俺は次のバイトの根回しに出向いた。

クリスマスの次は正月だ。
バイトには困らないな、この時期は。


店頭販売をするバイト先と、アパートの丁度途中にあるその場所。
手続きなどは、去年もやっただけありすんなりと決まった。
別口のバイトの話も聞いたが、都合で断念した。
口惜しい。

さておき、今日からは衣装を纏って店頭に立たねばならない。
俺に愛想などが振り撒けるか考えたが、かなり無理がある。



帰宅して、衣装を見た。

絶句した。

「いかが、です……か?」

恐る恐る、というよりも怯えたようにおおかみは窺ってきた。
その態度は杞憂だろう。

「すごいな」

ほつれを直すどころの修繕ではなかった。
完全に『修復』されたサンタの衣装は、新品とも変わらない。
持っていた裁縫道具と簡単に調達した生地でここまでの仕事をこなすことが出来るのか。
驚嘆だな。

「これはこれで一つの仕事になるな」

俺はおおかみの頭を撫でた。

「想像以上だ。ありがとう」

俺を上目遣いで見ていたおおかみは、真っ赤になって顔を伏せた。

「お役に、立てて……うれしい、です……」

うつむきながら応える。
表情は見えない、が、暗くは無いはずだ。


さて、これを着て今日から店頭に立つのか。
サンタの衣装は厚地でそれなりに防寒は見込める。

なにより、この衣装は、暖かい。







ありがとう……、ありがとう……。

わたしの、頭には……。同じ言葉が……回っていま、す。

同じ、言葉が……。
ぐるぐると。
ぐるぐる、と……。



もっと、お役に、立ちたい……。


ご主人様の、苦労を……減らして、あげ、たい……です。

もっと、褒めて、もらいたい……です。


これから、また、いつもどおり……だけど……。
わたしは……もっと、がんばれ、ます。







12月23日。
クリスマスよりも盛り上がるイヴの日を目前に控えた頃だ。

店頭に出る者の数は多くは無い。少数精鋭だそうだが。
俺は精鋭か?
……そのことは、まあいい。

問題は、その少数しかいない精鋭の話だ。






「おおかみ、言っていたとおり、明日は遅くなる」

帰宅した俺は、即座におおかみに伝えた。

帰りが遅くなる場合、事前に伝える事にしている。
無理なバイトをしていた後の反省としてだ。
あの時は、心配をかけたようだし。

もっとも、バイト時間を少しずつ延長しているのは秘密だがな。


「……は、い……」

案の定、歯切れの悪い返事だ。
主人としての俺を気遣っているのだろうが、過剰な心配は互いに負担だ。

しかし、まあ……。
無茶な事にはなりそうだがな。


俺は腰を下ろした。
すかさずおおかみが茶を出してくれる。
ありがたいが……何故か、後ろめたい。

俺は茶をすすりながら考えた。


足りないな……。



問題はあるが、やはりこいつには伝えられん。
言う必要も無い。

俺の問題だ。

「少し、出かけてくる」

「あ、は、はい……」

おおかみ顔を見てから、俺は外に出た。

単に、夜風に当たりたかっただけ。
寒空に、馬鹿なことだがな。



どうしたものだかな。

サンタがイヴに休むとはな。




☆おおかみさん第5話〜中編に続く〜☆
おおかみさん第5話〜中編〜
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