おおかみさん〜5話-後編〜
いろいろと問題はあったが、無事、バイトは終わった。
時間は12時をまわっている。
イヴは、終わったのだ。
「ご苦労様だったね」
店長のねぎらいの言葉。
衣装を返却し、その引き換えとばかりに今日の日当をもらった。
クリスマス手当てはその場で出るのだ。
もっとも、俺のは引かれているはずだが……。
おおかみにも日当を手渡す。
それとおまけに、残り物であろうケーキを渡した。
「今日は急な登用で戸惑っただろうけど、手伝ってくれてありがとう。これは取っといてね」
店長がにこやかに言った。
おおかみが深々と頭を下げた。
「あ、ありがとう……ございます」
「いえいえ、こちらこそ」
互いに礼を済ませ、店長はこちらを向いた。
まあ、俺はお叱りだろうな。
「ご苦労様だけど、今日のこと、分かってるね」
「はい」
当然だ。
迷惑をかけたのだ。
個人の感情で。
「それで、今日の手当てだけど……見てみて」
俺は言われるがままに、中身を確認した。
「……店長、これは?」
「ん、完売したから特別手当だよ」
クリスマス手当ての当初の額が入っていた。
しかし、それでは。
「そのケーキは、売れ残りでは?」
「それは、取っておいたんだよ。今日みたいな特別な日に、いきなり頼んじゃったからね」
丸顔の店長、人のいい笑顔で、にっと笑って見せた。
「メリークリスマス」
「今日は、助かった」
一緒に帰路を歩くおおかみに、俺は感謝の言葉を送った。
おおかみは、俺を見上げ、ふるふると首を振った。
「いえ、いいん、です。わたしも……その、ありがとう、ございます」
今度は、おおかみに感謝された。
「俺は、何かしたか?」
「……助けて、くれまし、た……」
正面を向いて顔を伏せ、小さな声でそう呟く。
あくまで俺に聞こえるように。
「いや、俺も助けられた。だから俺も、ありがとう、だな」
おおかみはもう一度俺を見上げ、すぐに顔を伏せた。
表情を隠すみたいに。
さて、帰るか。
俺はポケットに手を入れ、気付いた。
鍵が無い。
落としたか?
今から来た道を戻るのは酷だ。
俺はともかく、おおかみには、先に帰れとも一緒に戻れとも言い難い。
どちらにせよ、この寒空の下だ。
「おおかみ、すまん。どうやら鍵をなくしたようだ」
「え?」
おおかみが驚きの表情で俺を見た。
「この時間では大家も起こせん。今から引き返して探すにも酷だ」
「そ、その……それは……」
「どこかでやり過ごす」
俺たちは、一応屋根の下に退避した。
今いるのは、神社だ。
俺が正月のバイトを頼んでいるところでもある。
一時しのぎのために、建物の中に入っているのだ。
許可は取っていないが、問題は無い。
鍵をなくしたのは、初めてではないからな。
「大丈夫か?」
おおかみは無言で頷いた。
機嫌を損ねたか?
いや、寒いのか……。
肩を小刻みに震わせている。
やはり、このような場所では隙間風が辛い。
仕方が無い。
「あ」
俺は上着を脱いで、おおかみにかぶせた。
「これ、ご主人様……」
「どうしてその名で呼ぶ事にこだわるかは知らんが、霧人でかまわん」
俺はぞんざいに答えて寝転んだ。
「俺は慣れている。お前こそ暖かくしていろ」
「あ、そんな……」
俺がかぶせた上着を、おおかみは取ろうとした。
「俺は平気だといっている。聞けんか?」
少し、高圧的に言った。
おおかみはしゅんとなって、ためらいがちに手を引いた。
「…………………霧人……さん」
おおかみが、俺の名前を呼んだ。
「なんだ? おおかみ」
「わたしは、今日……ちょっとの間、だけ……『鳴』です」
虚を突かれた。
まさか、そう来るとはな。
「そうか、少しの間だな、鳴。それで、何かあるのか?」
おおかみ……鳴は、両手に顔をうずめて尋ねた。
「なんで、鳴、なんです、か?」
ああ、そんなことか。
「申し訳ない話だが、俺はお前を泣かせた印象が強い。その連想だ。悪いな、不愉快ならその名を忘れて構わん」
「……いい、え」
それだけ答え、鳴は黙った。
沈黙。
ただ重苦しく感じたのは、俺の馬鹿な連想のせいだろう。
その上だ。
ぐーーーー。
俺の腹が鳴った。
俺は遠さに状態を起こし、鳴は顔を上げ、お互いを見合わせた。
「腹が減ったな」
「はい……」
「ここで食うか」
「いいん、です……か?」
「かまわん」
俺たちは、もらったケーキを食べ始めた。
夜食にしては、やけにうまい。
イヴからクリスマスの夜。
思えば、プレゼントも何もなかった。
何かをしてやれたわけでもなかった。
そのうえ、手伝いをさせた。
今日くらいは、贈り物があっても……。
俺がそんな事を考えるなんて、馬鹿な話だ。
いや。
考えが及ばなかった事の方が、馬鹿な話だな。
鳴は、寝てしまった。
俺は外に出た。
寝付けなかった、何故か。
外には、待ち構えていたとばかりに、女がいた。
騒動の時に前に出た、助舟を出してくれた節のある女だ。
尾がある。
「こんなとこいたのかい」
「やはりその類だったか」
お互いが確信犯的な声で語り合う。
「あの時は助かった。礼を言う」
「いやー、どうって事ないさ。楽しい日なんだから、楽しまなくっちゃ、ね」
「確かに、そうだがな」
俺はポケットに手をいれ、小さく溜息をついた。
「やはり、俺では何も出来んな」
「何の話だい?」
小さく肩をすくめる。
「誰かを守る事も、何かを送る事も……己の感情だけで精一杯だとはな」
俺が愚痴をこぼすと、女は眼を丸くした。
「あら、意外ね。いなりの時はもっとつっけんどんだったのに。私に惚れた?」
「まさか」
即否定する。
「つまんないねぇ」
「だろうな」
女は少しふくれっ面になった。
「つまんないのはあんたの考えさ」
「考え?」
女は頷く。
「そ。あんたはもっと自信持った方が良いんじゃないかい」
自信か。
それも、確かにあるだろうな。
だが、今まで『ついていない』人生だっただけに、自信云々で気性は変えられない。
「根拠が無いのでな」
「なーになやんでんのさ。大方『自分は不幸だー』なんて思ってんでしょ? だったら悩む事なんか無いじゃない。今のあんたは、絶対に幸せだからね」
女こそ、自信たっぷりに答えた。
「根拠は、あるのか?」
溜息をつき、肩をすくめて、女は答えた。
「あんたにゃ、おおかみがいんじゃない?」
…………そう、なの、か………。
「わからんな」
「あんたもわかんないやつだね」
呆れた声で、
「じゃあ、不幸かい?」
「違うな」
それは、即答した。
女はしてやったりといった顔でにやりと笑った。
「じゃあ、そういうことじゃない」
「詭弁、だな」
「屁理屈だねー」
言いながら俺に何かを投げた。
俺はとっさに受け取る。
女は……その狸は俺に背を向けた。
「送るもんなら、名前で十分じゃない? 即物的な考えよりも、そっちの方が、綺麗じゃん」
それだけ言い残して、狸は姿を消した。
名前、か…………。
受け取った物を見た。
鍵だ。
なんだか、馬鹿な話だが、笑えた。
起きたら……家に、いまし、た。
見回し、たら……ご主人様、が……起きて、いまし、た。
「起きたか」
「あ、はい……」
ご主人様、が……運んで、くれた……みたい、です。
「あの……」
「鍵は見つかった。すまんな、寒い思いをさせて」
ご主人様が、わたしに、謝り……ます。
わたしは、首を、振り……ました。
「いえ、その……ありがとう、ございま、す」
「あ、ああ」
ご主人様は、曖昧に……答えて、目を、そらし……ました。
どうしたの、でしょ……う。
「おおかみ」
わたしに、背を……向けたまま、ご主人様が。
「昨日、お前につけた名。そのままもらってくれないか」
鼓動が、どくん、って……。
「え、あ、その……」
わたしが、返答に、窮して……いると……。
「いや、要らぬのなら……」
「い、いえ!」
とっさに声を、上げまし、た。
そのままじゃ、駄目だと……思った、から……。
だから…………。
「あ、ありがとう………ございます。………………霧人、さん」
ご主人様、霧人さんは、目を見ひらい、て。
「あ、ああ」
小さく、曖昧、な……返事をして………。
「いや、ありがとう」
何故か、お礼を……いいまし、た。
霧人、さん、は……すぐに、出かけて、しまいました。
名前…………。
とても、嬉しい……です。
霧人……さん。
ただの雇い主のつもりだった。
それでなければ、妹かいとこくらいに思おうとした。
だが……。
今、言い得ぬ感情が、走っているかもしれん。
馬鹿な話……でもないか。
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