おおかみさん〜6話〜
年末はバイトに困らない。
行事やイベント事が多いので、常にどこかで人手が不足しているからだ。
不足するのは、専らきつい仕事だが。
俺が今回する仕事はそれほどきつくは無い。
ただの駐車場整理だ。
そのくせ、やけにバイト代をみてくれる。
裏がないのも、一応は確認した。
去年も世話になっているので疑う事もない。
話はクリスマス前に通してあるので問題ない。
元旦、神社のバイトだ。
バイトは、大晦日からだった。
日付の変わりと同時に、除夜の鐘でも聞きに来る客の整理を行わねばならない。
夜分にご苦労な事だ、と思う。
寺社仏閣で言えば稼ぎ時、光栄な話でもあるだろう。
俺の物言いなら罰当たりもはなはだしいがな。
まあ、そういうわけだ。
つまりは今日から忙しいのだ。
だから、あいつは家で留守番だ。
大晦日……ひとり、ぼっち……です。
あらかじめ、聞いては……いたんです、けど……。
その………さびしい、です。
ご一緒……しようと…………でも……………。
クリスマス、のとき、みたいに……何かある、かも、しれないから……
三が日は、このような、感じ……だと……。
どうしたら……いいので、しょう……。
多い。
分かってはいたが、この参拝客の多さはどうしたものか。
我先にと進入する車、逆に出て行こうとする者たち。
これらを御するのは一苦労するというものだ。
数十台をなるべく効率よくサイクルさせるために、俺一人が孤軍奮闘する。
そう、一人だ。
駐車場の規模を考えれば妥当な人数だ。
いても二人がせいぜいだろう。
まあ、それでも一人なのは俺が経験者だからだろう。
割り増しのバイト代はそれが理由か。
2倍よりも1.5倍のほうがお互い特か。
まあ、納得も出来る。
休憩できんがな。
三が日…………。
三日も、帰ってこないんでしょう……か。
確かめて、ません……から、分かりません。
わたしは、待って、おけば……いいんでしょう、か。
待ってる、だけ……なんです……か。
ごーーん。
ごーーーん。
除夜の、鐘が……鳴ってます。
遠くで、遠くで……鳴って、ます。
今まで、そんなに……気にした事、なかった……。
除夜の、鐘……。
一人、は……、寂しい、です……。
流石に一人では辛いな。
車が言う事を聞かん。
一人ではフォローできん数が回っている上に、出口と入り口を勘違いした者達がそのまま場所を求めてさらに混乱を招く。
昨年はこれほど混雑してはいなかったと言うのに、全く……。
いくら新年を迎えたからといって、それでもこの混沌は無いだろう。
しまいには文句をつけてくるものたちすらいる。それも仕方がないと言える。
鳴り出した除夜の鐘を聞き、払う煩悩も過剰な労働に従事する事で同時に霧散する。
初詣に、何の煩悩か。
一年の目標立てか、一年の願いを想いにか。
これだけの人間が集まるのだ。
除夜の鐘が招くのは、やはり煩悩か。
馬鹿な……話だ。
参拝客はしつこく絡んでくる。すでに午前零時をまわって本番という事か。
文句を言われるだけならまだいい、慣れている。
しかしだ。女性の参拝客が絡んでくるのはどうにかならないものか。
やたら、名前だの携帯番号だのメルアドだのを聞いてくる。
去年もそうだったが、一体何のつもりだ?
第一に、俺は携帯なぞ持っていない。
こいつらのせいで駐車場の客が滞るといったらない。
出入り口で誘導する俺の前で一時停止する者もいる始末だ。
何の嫌がらせだ。
そろそろ、疲れてきた。
そう思った矢先に、また女性たちが絡んできた。
「ねえねえ、あんたここのバイト?」
見た目にも濃い化粧で背伸びをしたような女子高生だ。
化粧の方向性を間違えているのだろう、はっきり言って鬱陶しい位、けばい。
「ああ、ですが」
そんな相手でも大事な参拝客。
一応は慇懃に対応せねばならん。
「やっぱそうだ。マジマジ、いたって」
「うっそ、去年見逃したアレでしょ? こいつぅ?」
「ああーでもでも、マジでいい感じじゃなくない?」
何を話している、こいつら。
頼むから散ってくれ。
「すみません、列が滞りますので動いていただけませんか?」
「ああ、ちょっと位いいじゃーん。ねえねえ、携帯教えてよー」
こいつらは……。
「すみません、持ち合わせていません」
「うっそー、マジー? 噂どおりー? いまどきいるんだこんなやつ」
「あ、でも、イケてっからいいじゃん」
今度の参拝客は、しつこいな。
それに、全く、携帯電話を片手に構えて会話をするな。
カメラ機能を使っているのか?
俺を撮って楽しいのか?
いい加減、こいつらを何とかせねば、余計に混雑しそうだ。
一人では無理が生じてきた。
全く、そこに、だ。
「ご主人、様……」
目の前のけばい女子高生たちが怪訝な顔をした。
もちろん俺もだろう。
的中確定が約束された嫌な予感とともに、俺は振り向いた。
そこに、
大きな縁取り眼鏡をかけた小さな巫女が立っていた。
「おお、かみ……」
やっぱりか。
「なんだ、何しにきた?」
俺はなるべく平静を装って尋ねた。
そうでなければ、今呼ばれた単語をそのまま後ろの馬鹿どもに誤認させかねん。
神社だから違和感がないはずの巫女装束でも、組み合わせでさらにおかしくなりかねん。
………だが。
「ご主人様」
何故、まだそう呼ぶ?
「おおかみ、何のつもりだ」
「ご主人様」
後ろからひそひそと声が聞こえる、
振り向かずとも、話題は分かる。
さて、ならば、だ。
「鳴、何故ここにいる?」
「ご主人様」
………………。
俺は有無を言わさずおおかみの手を引っ張って、その場を退避した。
後ろなど見ていられるか。
人がいないところまで、おおかみを引っ張ってきた。
事態は飲み込めんが、とにかくこいつをどうにかせねばならんだろう。
「おおかみ、なんのつもりだ」
おおかみは、びくりとしてうつむいた。
ここまできて、ようやく『おおかみらしい』反応をした事に少し安心する。
まあ、だからといって許す事は出来ないが。
「留守番を頼んだはずだが」
「…………」
おおかみは、うなだれながら拳を小さく、ぎゅっと握った。
なにか、あったのか?
「どうした? なにかあったのか?」
「…………い、いいえ…………」
うなだれたまま首を振る。
なんだ、一体?
わけが分からん。
「何も問題がないなら、俺は行くぞ」
残念ながら、今はバイト中だ。
無断で離れている以上、すぐにでも戻らねばならん。
そういって、俺が身を反すと。
「あ…………」
おおかみが小さく声を出し、俺の服を掴んだ。
「なんだ、何かあるのか?」
振り向いて顔を覗き込もうとしたが、うつむきっぱなしで分かりはしない。
……全く、溜息しか出ん。
「あ、あの…………」
「何だ?」
「寒く、ありま……せんか?」
は?
どこが寒そうなのだ。
「大事無い」
「で、でも……その、格好……」
俺の服装の事か。
まあ、確かにこの格好は、傍目には寒いだろうな。
「袴だが、それがどうした」
「寒く、は……」
「ない」
なんということではないだろう。
もとより、寒い事には慣れている。
バイト生活が長いのだ、わりと多くの苦痛には耐え切れる。
まあ、その事が心配だというのか。
おおかみは、またうつむいた。
全く、どうしたのものか。
「しかし、おおかみ。今は、大晦日とはいえ……いや、元旦か。深夜だぞ。一人で出歩くべきではない。それにどうやってここまできた。場所は教えていなかったはずだが」
おおかみは、おずおずと答えた、
「そ、の…………匂い、で……」
そういえば、こいつは曲がりなりにも狼だったな。
「なるほど、まあ、分かった。何故ここに来たことはもう問わん。一応年は明けた、初詣でもしていけ」
「あ、……は、い」
「ああ、それと……」
俺は体をおおかみにむき直し、佇まいを正して一礼した。
「あけましておめでとう、おおかみ」
「あ……」
俺が面を上げると、おおかみは眼を丸くして固まっていた。
次いで、こいつにしては凄まじく俊敏な動き、というよりも、びっくりした動きで頭を下げた。
「あ、あ、あけまして……おめでとう、ござい、ます」
「ああ、今年もよろしく」
「え、あ、はい……。よろしく……お願いします」
さらに深々と頭を垂れた。
仰々しいが、これもこいつの地か。
まあ、もういいだろう。
こいつは、何とか大丈夫そうだ。後は帰すのみ。
結局はここまで無事これたわけだし、初詣でもした後は一人でも帰れるだろうな。
「俺はバイトに戻る。お前はちゃんと、まあ、引きこもる必要はないが留守を頼んだぞ」
俺が切り出すと、おおかみははっとした顔になった。
「あ、そ、その、それで……、聞きたい事、が……」
なるほど、一応要件はあったのか。
「あ、あの……。三が日……三日間、も、帰られないの、ですか?」
三日間?
確かに三が日バイトと言ったが、まあ、分からんか。
「いや、今日の……一月一日の夕方には戻るだろう。一応、泊りがけなのでな、今晩はこのままだ」
「な、なら……」
おおかみはいくらか口ごもった後。
「お手伝い、します」
そう、申し出た。
手伝う?
何をだ?
「お前に出来るか? 駐車場の誘導だぞ?」
「ご主人様が、言えば……やって見せます」
はっきりと、答えた。
心意気は嬉しく思うが……、しかしこの回答は、危ういものだな。
「その答え方はよくないな。俺がやれと言えばやる、という事だろう?」
おおかみは頷く。
だから、俺は首を振った。
「俺は、俺が強制したからやると言うのは気に食わん。俺は強制はしたくない」
おおかみが複雑そうな顔をし、うつむいた。
俺を『ご主人様』と呼称するのだから、そういう考え方がでこいつの頭はなっているのだろうな。
まあ、そんな性格だから、いろいろと教えたい事もある。
だから、少しずつ、教えていこうか。
「だがお前が、本当にやってくれると言うのなら、むしろ頼みたい」
命令による反射ではない。
自立による行動選択だ。
まだ、その行動方針を誘導しているに過ぎないが、それも少しずつ変えていこう。
それに、駐車場を放置していくらか経っている。
もはや一人では捌ききれないだろうしな。
「手伝いたいです。やらせてください」
澱まずに、おおかみは言い切った。
その答えを聞いた時、ふと思った。
全く、いつから俺は恵まれたんだ?
俺は背を向けた。
「指示はする。それに従え。今はねこの手でも借りたい時だ、忙しいぞ」
「はい」
俺に背に、おおかみは付き添った。
思いのほか、仕事はかどった。
俺が指示をすればおおかみは的確に従い、見事の誘導をこなした。
おおかみが来てからは参拝客はあまり絡んでこなくなったのも大きい。
まあ、反対におおかみに絡む客もいたが、すぐさま追い払ってやったがな。
そして、ひと段落着いたのは三時をまわった頃だ。
俺は泊りがけのバイトという事で寝床を用意されていた。
そこに、おおかみが付き添ってきた。
神主には、俺が緊急に呼び出した手伝いだと伝えると、快く了承してくれので助かった。
バイト代も出してくれるというのだから、ありがたい話だ。
しかし、寝床と言っても、以前無断で寝泊りした本堂だがな。
「それで、どうだった?」
俺はおおかみに尋ねた。
「え、ま、まだ……見終わって、ません」
「そうか」
俺は寝ずに本堂の壁に背も垂れていた。
横に座るおおかみに尋ね、おおかみは慌てた口調で答える。
おおかみの答えを聞く代わりに、自分が手にした紙切れを眺めた。
小吉。
なんとも、俺らしいものだな。
凶出ないだけまだましか。
俺たちは、ひと段落ついた時におみくじを引いた。
まあ、何となくだ。
全体運に、四つに区分された運。
健康、仕事、縁組、金運。
金運に、軒並み縁無き事が書かれているあたり、全く俺らしいな。
後のものは、わりと無難のものばかり。
何かに気をつけろ、心がけよというものばかり。
待ち人来たらず、とは、断定だがな。
「ご主人様」
「ここではそう呼ぶなと言っただろう」
怒られ、ました。
言い付けを、守らなかった、から……当然、です。
でも、あの時は……そう呼ばないと、いけない、気が……したんです。
ご主人様が、女の人に、囲まれて……その……、なんと、なく。
迷惑を、かけたと……分かって、います……。
ここに、来てしまった、ことを、含めて……。
わがまま、言うべき、では……ない、のに……。
ご主人様は、となりで……引いたおみくじを……ぼんやりと、眺めて、います。
わたしも、自分の……おみくじを、みました。
中吉……。
金運、以外は、良さそう……です。
待ち人、は、待てど、来ない……、ですが。
少し、続きがあって。
待つばかり、ではなく……己から、求めよ……だと……。
ご主人様……霧人さんの、言うとおり、です。
だから、わたしは、ここに……います。
「霧人、さん……」
わたしは、おみくじの、結果を……伝えようと、顔を、上げたら……。
ことっ。
「え?」
霧人、さんが……こてっと……倒れまし、た。
わたしの膝に。
「え、え! え?」
わたしは、うろたえ、まし、た。
だって、こんなこと……、その……。
と、思って、たら……。
すー。すー。
「あ……」
寝て、ます。
疲れて、たん、でしょう……か。
わたしの、膝を……枕に、して、寝て……しまい、ました。
これでは、動け、ません……。
でも、動こうとは、思いませ、ん……。
霧人さん、気持ち、良さそうに……寝て、ます……から。
明日は、早い、けど……このままでも、いい、かな……。
霧人さんの、寝顔を、見ながら……呼び方について、考え、ました。
『ご主人様』、は、特別な、呼び方。
わたしに、とって、特別な……意味。
仕えるべき、人……。
だけど。
ご主人様、だけ、ど……。
『ただ』の、ご主人様じゃ、ない……です。
仕える、だけの、人……じゃ……。
膝の上で、眠る、『霧人さん』の御髪を……撫でました。
してもらうのと、同じ、ように……。
分からない、こと、だらけ……だけど。
分かる事が、一つ……だけ。
近くに、いるだけで……。
お傍に、いる事が…………。
わたしは―――。
☆感想よろしくお願いします☆