仏教徒のクリスマス





また、今年も冬がやってきた…。

街では増えすぎた街灯が互いの光を主張し合い、古来より輝く星たちの出番を奪う。

浮かれ行く人々は、そのイベントの本来の目的など微塵も気にしない風で…、

「それでも…」

それでも、その日をみなが知っているだけで、報われるのではないのだろうか。

たとえその日の本来の目的を知らずとも、大多数の人が一度に同じ想いを抱くだけで、満足できるのではないか。



「今年は、一人か…」

ある居酒屋の隅の一角で、私は一人、晩酌に手を付けていた。
周りはお祭り騒ぎ。
クリスマスイブの夜ともなれば、戦場であろう。
私の呟きなど即座にかき消され、拾い上げる者など誰もいない。

「ふぅ…」

誰一人として仲間のいない席。
年を追うごとに出席者が減り、とうとう今年は私一人になってしまったパーティー会場。

『キリスト教に負けず、我らが師を仰ぐ心を今一度確認する集い』

第12回目は遂に私一人になった…。

強制はしない集いだ。
前回の参加者には開催場所と時間を通知し、出席を返事とする。
まだ終わりの時間まではしばらくあるが、開始してから一時間…、もはや誰も来ないだろう。

耳に入る騒がしさがより大きくなり、忙しさもピークに達してきたようだ。
この稼ぎ時にいつまでも一人で席を占領しては迷惑だ。

そう思い、私は店を出た。





外の気温は居酒屋のそれとは違い、容赦なく温まった体から熱を奪い取る。

寒かった。

体が、ではない。
心が、寒かった。

異教徒の信仰などにうつつをぬかしてはならない。
我が師の教えを大切にし、日本人らしくと決意し、生きてきた。

だが、それは茨の道。

いくつかの行事を頑なに拒み、異教に過敏に抵抗し、私はいつしか頭の固い、つまらない人間に成り果ててしまった。

みなのように時代の流れに身をゆだねれば、もっと楽に過ごせるのだろう。

だが、今や我が師を仰ぐこのスタイルこそが、私のアイデンティティなのだ。
私が私である以上、変えようのない部分。

「ただいま…」
「おかえり、お父さん!」

帰宅した私を幼い娘が迎える。

「ごめんな、遅くなって。
一人で寂しくなかったか?」

幼い娘を一人残しての会合は気が引けた。
誰かに言付けして早めに帰ろうと思ったが、その誰かは来なかった。
みな、幸せなクリスマスを過ごしているのだろう。

「大丈夫!へ〜きだよ」

罪悪感に襲われる私を気遣うように、娘は元気に答えた。
一ヶ月前、妻と大喧嘩をして以来、娘は優しい嘘を覚えた。

妻が出ていき、確かに寂しいはずの娘は、私に健気な笑顔を向けてくれる。

だが私は、それに答えることはできない。

「ご飯にしよっか」
「うん」

私は娘が暖めていた我が家へ入った。

二人きりの食事を終え、他の家ではメインなのだろうイベントをスルーし、娘は眠りについた。





娘の寝顔を見ながら一人、物思いにふける。

その時、

コン コン

「…ん」

軽いノックの音。

すでに日付が変わろうとしている。
こんな時間にいったい誰だろう。

無視しようか?

そう思ったが、もしや妻が帰ってきたのかもしれない。

私は立ち上がり、玄関に向かった。

カチャ

「はい、どなたさまで?」

扉を開ける。
冷たい空気が室内に入り込むが、それを寒いと思う前に私の思考は訪問者に奪われていた。

「こんばんは。
夜分遅くに、失礼します」

真っ赤な服に真っ赤な帽子。
それは今日この日に一番ふさわしく、

「プレゼントを、お届けにまいりました」

私にとっては一番ふさわしくない者。

「すいません、帰って、いただけませんか…」

差し出された箱を受け取ることはできない。
受け取ってしまえば、私が今までしてきたことが無駄になるのだ。

「受け取ってくれませんか?
あなたの子供も、それを望んでいるはずです」

人の気も知らず、目の前の男はそう言った。
それを聞いて、私は自分の頭に血が上るのを感じた。

「私は、仏教徒なのです!
だからキリスト教のお祭りなどを祝うわけにはいかないのです。
あなたが渡そうとしている物は、私が妻を追い出してまで拒んだもの。
それを受け取ることはできない!」

私は…、私は。

「わかって、いました。
あなたが仏教徒だと」
「だったらどうして!」
「おとうさん?」

娘の声。

ハッとして振り返ると、眠そうに目を擦りながらこちらを見つめる娘がいた。

大きな声を出したせいで起きてしまったのか。

「そのひと…、さんたくろーす?」
「こんばんは、お嬢さん」

娘は玄関まで走ってきて、挨拶をした男を見上げる。

「こんばんわ!
あのあの、プレゼント持ってきてくれたの?」
「こ、こら」

眠気はどこへやら。
目を輝かせた娘は、まるで宝物でも見つけたかのようにはしゃいでいる。

「君がいい子にしてたから、ちゃんとプレゼントを持ってきたよ」

男は目の前で今か今かと待ちかまえる娘に、持っていた箱を手渡した。

「はい。メリークリスマス」
「ありがとうサンタさん」

娘はそれを大事そうに両手で持つ。



その光景を見て、
私の中で何かが崩れた。



娘の心からの本当の笑顔。
ここでプレゼントを取り上げて突っ返すなんて鬼のようなことは、私にはできない。
受け取ってしまったのなら仕方がない。

己のアイデンティティを天秤にかけ、娘の笑顔を優先する。
代わりに、私の心にはぽっかりとした穴が空いていた。

「お父さん、開けてもいい?」
「あぁ。ここは寒いから家の中で開けなさい」
「やったぁ〜!」

娘は許可がでると、一目散に部屋に帰っていった。

「恨み言でも、言いますか?」

男はまだいた。
もう用事は済んだろうに、律儀に立っていた。

「いえ、いいです。
娘が喜んだのは確かですし…、私が間違っていることは、うすうす気づいていました」

大事な物をなくした気分とは、こういうものだったのか。

妻が出ていったときすら感じなかったのを思いだし、私はつくづくしようのない男だと思った。

「こうしては、どうですか?」
「え?」
「私はあなたの嫌うサンタクロースではなく、ただの通りすがりの人。
あなたの娘にあげたのはクリスマスプレゼントではなく、ただのプレゼント。
どうです?」

それは…、

「屁理屈、ですよ。
事実あなたはサンタクロースだし今日はクリスマスですから」

変わらない。
心持ちを変えたとしても、事実は。

「屁理屈でいいではないですか」

男は優しい笑みを浮かべて言う。

「今日が本当にキリストの誕生日かなど、誰にもわかりません。
みんな誕生日だろうと信じて、みんなと騒ぎ、楽しい時間を過ごしているのです。
みんな、クリスマスをキリストの誕生日ではなく、共通のお祭りの日として、認識しているのではないですか?」
「それは…」

そうなのだろう。
本来の意味など考えずに、みな、楽しんでいるのだろう。

「心の持ちようですよ。
今日はあなたの嫌う日ではなく、みんなが楽しむための日だと思ってはいかがです?
プレゼントはそれを引き立たせる、大事な物だと思ってはみませんか?」
「しかし…」
「あなたの誇りはわかります。
でも、その誇りを傷つけることなく、少し柔らかく考えてみませんか?
娘さんと一緒に、心の底から笑い合うためにも」

娘の、笑顔…。

しばらくみていなかった本当の笑顔。
だが、私はその娘の前で、心の底から笑えるのだろうか?

おそらくはできない…。

精一杯の偽の笑顔に娘が気づいたとき、娘は、私が感じたのと同じ落胆を覚えるのだろう。

「どうです?考えを広げては、もらえませんでしょうか?」

娘のため…。

そう、私は何を意地になっていたんだ。

何より大切にすべき娘を、犠牲にしていたなんて…。

「わかりました。
今日は、みなが騒ぐお祭りの日。
そしてあなたは、ただの気まぐれな人」

確かに、そう思えばいままで感じていた嫌悪感は薄れていく。
娘が幸せなら、気にするほどもない些細なものに。

「ありがとうございます」

私の決意を聞いた男はほっとした笑みを浮かべ、一つの包みを取り出した。

「これで、あなたへのプレゼントを渡せます」
「…え?」

私への、プレゼント?

「あなたの奥さんからです。
あなたの考えが変わったら、渡してくださいと」
「妻から…?」

私は言われるままに受け取り、開けてみた。
そこには、ピンクのマフラーが一つ、誇らしそうに入っていた。

「奥さんが編んだそうです。
明日にでも、娘さんを連れて会いに行ってあげてください」

手に取り、首に巻いてみる。
冷えきった体に染み渡るような暖かさが、そこにはあった。

そのせいなのか、胸が熱くなり、思わず涙がこぼれた。

「ありがとう、ございます…」
「いえ、無事に届けられて、良かった」

男はそう言って、歩きだした。

「待って下さい!
どうして、私にもプレゼントを?」

確か、サンタクロースは子供にしかプレゼントをあげないはず。
それがどうして…?

男は立ち止まり、勢い良く振り返った。

「今年から、子供以外の誰かへのプレゼントも、承ることになりました!
是非、よろしくお願いします!」

真面目な顔で言い、やがて満面の笑みを浮かべ、

「では、また来年」

一言、冷たい空気を振るわせて、男は去っていった。

いつの間にか降り出していた雪が、男の赤色を消すように舞っている中、私はしばらくそこに立ち尽くしていた。



嬉しそうな、最愛の娘に呼ばれるまで。





一言感想もらえるとうれしく思います。

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