双子






人里離れた山奥の、切り立った崖の上にある不気味な森。

その入口の変な建物に、『魔女』と呼ばれる人物が住んでいた。

百年とも二百年とも生きていると言われており、願いを叶えてもらうために誰かが魔女に会いに行くと、常に聞いていたのとは別の姿をしているという。

そんな『魔女』のところに、来客があった。



「さ、どうぞ」

魔女は客を奥の部屋へ通す。
真ん中に机があり、挟むようにふかふかのソファーがあった。

客は二人、
外にはまだ何人かいたが、家に上がったのは二人だった。

「ありがとうございます」

お礼を言ったのは、15歳ぐらいの少女。
身なりは上等で、どこか気品が感じられる。
隣りにはもう少し下の歳の少女が座っている。
こちらもそれなりの服装をしていた。
喋るのは自分では無いとばかりに口を閉ざしている。
二人とも警戒しているのか、魔女の出した飲み物には手をつけなかった。

「さて、願いはなに?」

魔女は単刀直入に切り出した。
じっ、と二人を交互に見る。
と、しばらくの沈黙のあと、先ほどと同じ少女が口を開いた。

「私を、双子にして欲しいのですが…」
「双子?」

それは珍しい願いだった。

大抵は、
『お金持ちにしてくれ』
『不老不死にしてくれ』
『死んだ者を生き返らせてくれ』
という願いだからだ。

次いで、
『あいつと結婚させてくれ』
『あいつを殺してくれ』
『王にしてくれ』
などが多い。

だが、そのどれもが、魔女には叶えることのできない願いだった。
魔女にも、できることとできないことがあるのだ。

「できますか…?」

魔女の考えを察したのか、少女は聞いてきた。
魔女の頭には、一つの方法が浮かんでいた。
それを口には出さず、ひとまず動機を聞いてみる。

「どうして双子になりたいの?」

少女はうつむきながら、とつとつと話し出した。





自分はこの国の姫であり、このたび、ある大国の王子に見初められたという。

だがその大国の王家は、代々『双子しか生まれない』らしく、王子が二人いた。

二人の王子がどちらも姫を好きになり、結婚したいと申し入れた。

どちらか一方を選ばなければならないが、選ばれなかった方は禍根が残るだろう。

また、二人はどちらも自分の事を愛しており、自分も二人の王子を均等に愛しているので、どちらか決めるのさえ困難だ。

このままでは、命を懸けた決闘にまで発展しかねない。

そこで、自分も双子になれば丸く収まるのではないかと考え、願いを叶えてくれる魔女に会いに来た。





「そうなの」

魔女は話を聞き終ると、自分のカップに入っている液体を飲み干し、

「結論から言うと、できるわ」

そう断言した。

「本当ですか!」
「えぇ。私にもできることとできないことがあるけど、あなたの願いは叶えられるわ」

魔女がそう言うと、姫は満面の笑みを浮かべた。
隣りの少女もほほ笑む。

「ただし、いくつか条件があるの」
「条件、ですか?」

その言葉で、笑みは消え不安そうな表情になる二人。

「私は新しい人間を作ることもできなければ、あなたを二人にすることもできない。
だから、『あなたそっくりになる人』がいるの。隣りの彼女は従者?」
「え…、あ、はい」

魔女の瞳に押されて、弱々しく答える姫。

「私の、大事なお友達です…」

その返事を聞くと、今度は『お友達』を見て

「あなた、お姫様になる気はある?」

と、魔女は問い掛けた。
少女は、目を閉じたり開いたり、姫と魔女を見比べたりしていたが、やがて

「…はい。姫様は憧れでした。
従者でしかない私にも優しくしてくれましたし。
そんな姫様のお役にたてるのなら、そんな姫様になれるのなら、構いません…」

小さな声で答えた。

「本当にいいの?」
「はい」
「ありがとう」

二人の少女は数秒、抱き合った。

「まだ条件があるわ」

二人が離れてから、魔女は再び口を開く。

「すぐに二人をそっくりにはできない。5年ぐらいは待ってもらうけど大丈夫?」
「5年、ですか…」

姫は少し顔を曇らせる。

「その間に、向こうの王子様と会ったりはできますか?」
「それは可能よ。普段どおりに生活してても問題ないわ」
「それなら、大丈夫だと思います」

自信は無さそうだったが、そこまでは魔女の考えるところでは無かった。

「それじゃぁ、こっちの部屋に来て」

立ち上がり、部屋の奥にある扉を開ける魔女。
二人は促されるままに、その部屋に足を踏み入れた。



そこは不思議な部屋だった。
部屋中が丸太やレンガでは無く、ガラスのような物でできており、大人一人が余裕で入れそうな大きな筒や、ロープのような管、不思議な光を放つ箱などが並んでいた。

「それじゃぁ、あなた、ここに入って」

魔女は、姫をガラスでできた筒に招き入れた。
扉を閉めると、怪しい光を放つ板のような物を触る。

ゥゥゥゥゥン

部屋が怪しい音を立て始め、同時に姫の入った筒が輝く。

「姫様っ」
「心配しなくても大丈夫」

思わず近付こうとした従者を手で制し、また板をタッチする魔女。

やがて音は止み、輝きが消えた筒から姫が助け出される。

「次はあなたの番よ」

魔女はそう言って、心配そうに姫に寄り添う従者を、筒に入れる。

ゥゥゥゥゥン

先ほどと同じように板を触り、音と光が流れ、また消える。

「はい、終わり」

従者を筒から出しながら、魔女は言った。

「え、これでですか?」

驚きの声を上げる姫。

「そう。普通に生活してても、少しずつ顔が似てくるから大丈夫。
結婚した後の思い出話についていけるように、王子様との会話なんかは逐一その子に教えておくことね」

二人を玄関まで送りながら注意を促す魔女。

「は、はい。ありがとうございました」
「ありがとうございました」

二人はドアを開ける前に、並んで頭を下げた。

「いいのよ、それじゃぁね」

魔女は軽く笑って手を振り、幾人かの家来に連れられて帰っていく少女を見送った。





人の体には『設計図』があった。

それは、身長、体型、顔の形、髪質、性格、癖など、どんな成長をするかの指針になっている。

そればかりか、あとどれぐらいで死ぬのかという、寿命すらも、『設計図』には記されている



もし、その『設計図』を途中で書き換えたら、どうなってしまうのだろうか?

そこからの成長は新しい『設計図』に従い、元の自分とはだいぶ変わった成長をするのかもしれない。

寿命も変わるだろう。
元の『設計図』の寿命があと一年、新しい『設計図』の寿命があと五年だったなら、命を長引かせることになるだろう。

それが可能ならば、





人里離れた山奥の、切り立った崖の上にある不気味な森。

その入口の変な建物に、『魔女』と呼ばれる人物が住んでいた。

百年とも二百年とも生きていると言われており、願いを叶えてもらうために誰かが魔女に会いに行くと、常に聞いていたのとは別の姿をしているという。

そんな『魔女』のところに、来客があった。



「あっ…」
「どうしたの?」
「いえ、昔お嫁に行ったお姫様に、そっくりだと思いまして…」
「ふふっ、そう?」





それが、
可能ならば、

不老不死も、

夢ではないのでは-----




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