女のでてこない物語





「向こうの様子はどうだ?」
「異常なし、であります」
「そうか、ご苦労」

科学の街並みからは遠く離れた密林の中、三人だけの小隊はもう長い間、そこを住処にしていた。



「よし、今日はもういいぞ」

日はすっかりと沈み、満天の星達が仕事を始めた頃、小隊長は見張りの兵士にそう言った。

「は!しかし、夜襲の危険は…」

最年少の兵士はそう進言した。

大国が始めた戦争は終息の兆しを見せており、彼らはここ数ヶ月一度も戦闘行為を行ってはいない。
こちらから仕掛ける命令もなく、また、向こうが仕掛けてくることもなかった。
それでも念のため、今までは誰か一人を見張りにたてていた。

だから、兵士は理由を求めたのだ。

「今日は大丈夫だろう。クリスマスイヴだしな…」

小隊長はすまなそうな顔で答えた。

「クリスマスイヴ、でありますか?」

『そういえば、もうそんな時期か』
兵士は始めにそう思い、
『しかし、それと夜襲と何の関係が?』
次に疑問に感じた。

「ただでさえ終戦間近なのだ、わざわざクリスマスイヴまで仕掛けては来んよ」
「わ、わかりました」

妙な自信を持つ小隊長の言葉に、それ以上なにも言えず、兵士はその日の仕事を終えた。





バラックに入ると、すでに夕食の準備ができていた。
と言っても、ほとんどが缶詰などの長期保存のきくもの、そこに華やかさは皆無だった。
だが、それはいつものこと。

「今日はクリスマスイヴだが」

全員が席に着いてから、小隊長が口を開いた。

「何か、特別にすることはあるか?」
「特別に…、でありますか?」

質問の意図が分からず、聞き返す兵士。

「私の故郷はクリスマスは祝っておらんのでな。
何か、お祈りとかしなくてもいいものなのか?」

小隊長は、クリスマスが何か特別な日だとは知っていたが、どんなことをするのかという具体的なことは知らなかった。

「特にないと思われます」

質問の意図が分かった兵士の一人が答える。

「どちらかというと、夕食がメインになると…」
「こら、馬鹿!」

補足しようとした若い兵士を、最初の兵士がたしなめる。

「すまないな。
クリスマスをこんなところで過ごさせてしまって」
「いえ、任務ですから」
「そうであります」

気にしていない風で二人は言う。

が、『任務である』と言うことは、やはり少しは『残念だ』と言う感情が入っているのだと、小隊長は気づいていた。

しかし、それを口にしても始まらない。

「では、いただこうか」

食事を始める合図も終わり、まさに手をつけようとしたその時、

ゴン ゴン

分厚い木の扉を叩く音が、室内に響いた。

緊張が走る。
小隊長がアイコンタクトで指示を出し、二人は銃を取り扉に向かって構える。

それを確認してから、小隊長はゆっくりと扉を開けた。

「あなたは…!」

小隊長はノックの主に見覚えがあった。

「メリークリスマス!」

初老の男はそう言って、大きな箱を室内に入れる。
それを見た二人の兵士が引き金に指をかけるが、

「大丈夫だ」
「そう、大丈夫じゃよ。
本国からクリスマスの差し入れを持ってきたのじゃ」

小隊長が制し、老人は気にせず中に入った。

「本国から、差し入れ…?」

小隊長は怪訝な顔をしながら老人を見つめる。

「ほっ、ディナーには間に合ったようじゃな!
良かったわい」

箱から料理を出し、てきぱきといつもの献立に添える。

焼きたての七面鳥、
新鮮なサラダ、
真っ赤なリンゴ、
そして、ケーキ。

10分もしないうちに、質素だった食卓は高級レストランに負けないぐらいの豪華なものになっていた。

「ほれほれ、早く席に着かんと冷めてしまうぞ」

呆気にとられていた三人は、その言葉で我を取り戻した。

「本国も洒落たことしてくれますね!」
「こんな豪華で新鮮な食事は久しぶりです!」

目の前の幸運に喜ぶ二人とは対照的に、

「で、では、いただこうか…」

小隊長はどこか不安げだった。

「それじゃ儂は外におるから、食べ終わったら教えてくれ」

老人は三人が座ったのを確認すると、ゆっくりとした足取りで外に出ていった。





「私を、覚えていますか?」

星達の薄明かりの中にたたずむ老人に、小隊長は質問した。

「食事は終わったのかね?」
「いえ…、用があると言って、私だけ出てきました」

答えを聞けぬまま質問で返され、先に答える。

「それはいかんのう。
あのプレゼントの大半は、君のためなのじゃが」

その言葉で、小隊長は老人が、自分の予想していた相手だと確信した。

「あなたから聞きたいことを聞ければ、すぐに戻って食事を再開しますよ。
サンタクロースさん」

「ほっほ、懐かしいのう」

老人は否定することなく、正体を認めた。

「昔、私が頼んだ物は、ちゃんと渡していただけたようですね」

正体が分かっていても、問う。
簡単な答合わせのようなもの。

「当たり前じゃ。
おかげであの村は疫病から救われた」

「よかった…」

安堵のため息。
十中八九大丈夫とわかっていても、確信は持てない。
ようやく心配事が一つ消えた。

「見に行けばよいものを。
こんなに近くにいて、常に監視するぐらいならの」

村はすぐそこだった。
本国の指令を守るなら攻め込まねばならぬ小さな村。

「部下に、怪しまれますから」

「何も話してはおらんのじゃな」

「えぇ…。
もし本国の命を無視し、戦闘をしていないことが発覚すれば、裁かれるでしょう。
部下に理由を話せば、処罰が及びます。
私のわがままに付き合わせるわけにはいかない…」

かつて死にそうなところを助けてもらった恩を返すための、不可侵の誓い。

「義理堅いのう」

老人は呆れたような声で言った。

「あなたは、何故ここに来たのです?」

「プレゼントを渡すため、じゃよ」

簡単な問いに簡潔に答える。

「では、質問を変えましょう。
何故、私たちにプレゼントを渡すのです?
あなたの仕事はプレゼントを配るものではあるが、それは子供限定だったはずです」

一度プレゼントを渡してくれと頼んだ時に、そう説明された。

「今年から、大人にも配達することになったのよ。
おかげで人手不足。
退職が延びたわい」

目を細め、歯を見せて笑顔を浮かべる老人。
退職が延びたことを微塵も嫌がってはいないのが見て取れる。

「では、プレゼントは誰から頼まれたのです?」

「疑っておるのな」

「えぇ。
私はあなたにプレゼントを頼んだ一件を怪しまれ、本国に睨まれています。
作戦も難航と報告し続けており、決して良い軍人とは思われていないでしょう。
そんな私に、国からプレゼントがくる訳がない」

「家族とは考えぬのか?」

「それもない。
私の故郷はクリスマスを祝ったりはしない。
ましてやサンタクロースにプレゼントを頼むなどあり得ないのです」

「…ふむ、困ったのう。
原則として、依頼主は明かせないのじゃが」

老人はそう言い、目を閉じて考え込んだ。

「教えてくれませんか…。
でなければ心の底から喜べない」

「ふむ、それはサンタとしては困ったことじゃな」

目を開け、にっこりとした笑みを浮かべ、

「お主達が毎日監視し、守っておる者達からよ」

ゆっくりと、答えた。

「ば、ばかな…」

そんなはずがないと思った。

常に監視し、撤退することもせず、交渉の手を伸ばさず、ただ不気味にそこにいる兵士。
それが自分達だ。
恐れられていると思っていた。

「彼らは、お主の真意に気づいておるよ。
だから、儂に頼んだのじゃ」

それは、これ以上無いほど嬉しい、意思の確認だった。
嫌われてはいないのだと、迷惑をかけてはいないのだと、伝えてくれた。

「そうだったんですか…」

「そうじゃ。
ほれ、早く食事に戻らんか」

老人は肩を叩き、帰宅を促す。

「残すでないぞ」

「えぇ。全部食べますよ!」

小隊長は押されるように歩きだした。

「ありがとうございます」

独り言のような声が伝わる。

「私のところに来たサンタが、あなたで良かった」

静かな夜に、辺りを舞う『音』。

それの余韻まで消えた頃、

「ほほっ」

嬉しそうな笑い声が一つ、広がった。



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