彼の中の真実



彼の中の真実


 僕がおじさんを初めて見たのは、いつの間にか工事が始まっていた広場の横を通ったときだった。
何気なくその作業を見た瞬間、僕の目はおじさんに吸い寄せられていた。例年に無く長引いた今年の梅雨が明けるか明けないかの、蒸し暑い直射日光(いや、実際に日光自体が暑いわけではないのだろうが…)にさらされ、だるそうに作業している人達の中で、おじさんだけは、とても楽しそうな顔をしていたからだ。
それは、僕がその工事現場の横を歩いて通り過ぎた、わずか十秒にも満たない時間だったが、それでも、僕の心の中におじさんの第一印象を焼き付けるのには、十分な時間だった。
 こうゆういきさつで、僕がおじさんとの最初の出会いをはたしたのは、世の学生達が待ちに待っていた夏休みの第一日目だった。


まえがき
 まずは、こんな中途半端な場所にまえがきを書くことを許してもらいたい。
本来なら書き直すべきなのだろうが、今の私には、そうするだけの時間と材料が無いのだ。消えていきそうな記憶をつなぎ止め、なおかつ速やかに、間違いなく書かなければいけないのだから。
 まず言っておきたい事は、これは事実なのだという事。確かに、虚ろな記憶を基に書いているので、多少、事実と違っているのかもしれないが、それは故意に違えたのではなく、短に思い違いだったと解釈して欲しい。(私の日記があればこんな心配もしないで済むのだろうが、今はもう私の手の届かないところにあるのだから仕方がない)
また、私の精神状態により、文脈や文法が間違っていた場合も、何とか理解を示してほしい。
そして、一人称が『僕』と『私』を使い分けているのは、出来るだけあの頃の自分を思い出して書いている、ということで了承してもらいたい。
それでは、最後まで書き終わる事を願って、この物語(実際に起こったことだが、こう表記するのがふさわしい内容だろう)を書き始めよう…。





「暇い」<暇だ、という意味である>
僕は待ちに待った夏休みの三日目にして、そうつぶやいていた。夏休み前が忙しかったもんだから、余計にそう思う。
ここ三日間のうち、ゆうに半分以上は睡眠という形で消化されていた。
実際やるべきことは他にもあるのだが、その全ては、起きてからの活動時間で何とかなるのである。
「だる…」
睡眠は十分すぎるほどとっているにもかかわらず、体のだるさはとれない。
「寝過ぎ…、な訳ないか…」
昔、親に聞かされた単語『寝過ぎ』。そんなものが科学的に証明されているかどうかなんて知らない。だから否定しておいた。
 とりあえず、明日からは真面目に起きて、散歩でも何でもするか。
これ以上ダラダラとしないように、無理やりやるべきことを作り、その日は終わった。


 次の日は、一応、早く起きることは出来た。友人から電話がかかってきたから、そんなに苦もなく起きたのだ。
とりあえず昼食までは三時間ほどあったので、部屋の掃除をした後、図書館へ行くことにした。高校を卒業し、一人暮らしを始めてから行く暇がなかったので、丁度いい機会だった。
外は、七月に相応しい晴天で、いつものように暑かった。だが、ここ数日は雨が降ってなかったので、蒸し暑くはないのが幸いだった。
 再びおじさんに出会ったのは、そんな日だった。
その日、おじさんはスーツ姿で、猫と追いかけっこをしていた。もっとも、初めは猫と追いかけっこをしているなんて思いもしなかった。
おじさんは、四車線の道路の向こう側にいて、最初に見たときはそれだと気付かなかった。ただ、こんな夏の日にスーツを着てる人がいるのが珍しくて、目で追っていたら、それが、おじさんだったのだ。
おじさんに興味もあり、急ぐ用事もなかったので、信号待ちをする振りをしながら、その行動を見ていた。
おじさんは僕に背を向ける形で、向かいの家の塀をじっと見ていた。よくよく目を凝らして見ると、そこには、真っ黒な猫がいた。おじさんも猫も、互いを見つめあったまま、少しも動かなかった。それは、僕が信号を渡り終えるまで続いていた。
僕は何かを期待しながら、その二人(一人と一匹)の間を通ってみることにした。おじさんは車道ギリギリのところにいたので、おじさんと猫の間は、普通の歩行者用道路と変わりなかったのだ。
そして、僕がおじさんと猫の間を通った瞬間、
「あ、待て!」
おじさんが一言発して、僕の反対側へ走り出した。
どうやら猫が先に動いたらしい。僕が後ろを見たときには、もう猫の姿は無く、丁度おじさんが曲がり角を曲がり、見えなくなったときだった。
僕はその時ようやく、おじさんが猫を追いかけていることに気付いたのだ。
 その日の夜、僕は少しだけおじさんのことを考えた。
一体、あのおじさんはどんな人なんだろう?
何の為に、スーツで猫を追いかけていたのか、まったくわからなかった。
「また、会えたらいいな」
長い暇な休みに、あのおじさんは何かの刺激を与えてくれると信じているからだ。
少しだけ暇じゃ無くなって、僕は期待していた。


 夏休みが始まって十日…。
僕は相変わらず暇してた。あの日から積極的に外に出てはみるが、おじさんに会う事はなかった。その上、梅雨明け前の最後の大雨のせいで、ここ三日は外に出る気にもならなかったのだ。今日になってようやく晴れたのだが、雨上がりの蒸し暑さに加えて、怠慢根性も頭を垂れてきたので、外に出る気にはならなかった。
というわけで、僕は昨日と同じように、テレビのニュースにかすかな希望を見出そうとしているのだ。ここ三日間、特に心ひかれるニュースにはめぐりあっていない。
今日こそはと思いながら、どうせ無理だろうと考えていた時だった…、僕がおじさんを目にしたのは。
「あり?」<あれ? という意味である>
それだけ言って、僕は黙った。目の前のテレビの中に、あのおじさんがいるのだ。見間違いかと思って何度も見直したが、間違いなくおじさんだった。
僕はワクワクしていた。こんな予想外の展開で僕に期待に答えてくれるとは思ってもみなかったからだ。僕はそのニュースをくいいるように見た。
内容は、いくつかの団体企業から賄賂をもらい、仕事を優先的にあっせんしていた国会議員が殺されたという事件だった。どうやらおじさんは、その国会議員のガードマンをしていたらしい。おいさんの勤務時間外に殺されていたらしく、私がいれば、と、繰り返していた。
そういえば、昨日かこの前は、裏で暴力団と取引をしていた警察官が殺される事件があった気がする。
似たようなことを考える奴もいるもんだ、と僕は思った。


 次の日、僕は用事があったので、学校へ行った。
久しぶりに会ったクラスメートは、特に変わってなかった。内心がっかりしながらも、夏休み前のような感覚に、少しの楽しみも覚えた。
またその日は、何事もなかった。





 その三日後、夏休みが始まって13日目から、私の生活はいくぶんか変化した。皆さんも知っている事だろう。その頃から世間を騒がし始めたあの事件のことだ。あの事件は、他の人にとってもそうだったように、私のとってもかなりセンセーショナルだった。特に変化の無かった日常に、あれ程刺激的なことが起こったのは、私にとっては嬉しくて仕方がなかった。
それがまさか、こんな結末を迎えるなんて…。
続きを急ごう、時間が無い。





 夏休み13日目から25日目までは、例の事件のおかげで十分休みを使うことができた。僕は最低限しか外へ出ず、もっぱらテレビの前にくぎづけになって、ニュースを渡り歩いていた。きっと他の人も、同じようなことをしていたに違いない。事実、視聴率を見ると、ドラマよりバラエティーよりニュースの方が一番という内容だったからだ。
それもそうだろう。最近の不正を働いて殺された人々が同一犯の犯行で、その犯人からの犯行声明文が警視庁他各新聞社に届いたなんていう内容だったんだから。
僕は連日その事件の経緯を見たいがために早起きをし、規則正しい生活を送っていた。そのため
いや急ごう、時間が無い。
皆知っている通りその次の日から私の生活は一変することになる。





 夏休み26日目、僕はいつもの通り朝八時には起床し朝食をとったあといつものようにニュースを見ていた。すると、玄関のドアが叩かれ僕は見知らぬ訪問客に名前(名字)を呼ばれた。元々友人が部屋に来ることも無く知らない人の声だったので、僕は無視を決め込もうかと思ったそのとき僕の耳にとんでもない単語が聞こえてきた。
「警察だ」
僕は自分の耳を疑った。何故警察が僕のところに来るんだろうか?
私はそんなことを考えていたのだろう。だが私は不安よりも期待が先にあった。私が何らかの形で警察と関係することが出来るのが非常に刺激的に感じていたのだ。私は、それでも少し、警官をじらしながら、ゆっくりと、その感覚を味わった。味わって、その余韻を楽しみながら、私はドアを、開けた。
………。
 その後は皆さんも知っているだろう。私は逮捕された。僕は、私はさして驚かなかった。あの事がばれたのか思った。
だが、私の罪は僕が思っていたのとはまったく違う予想外だった。皆さんも知っている私の罪は、世間を騒がしたあの一連の事件の犯人として私は逮捕されたのだ。
意味がわからなかった。もう一度言おう。私はやってない。僕は無実である。僕が犯した罪は
          言うまいと思っていたが言おう。私が洗いざらい話さなければ信じてもらえないだろうから白状する。
僕は確かに人を殺した。だがそれはまだ捜査も始まってない、実際私はその捜査の話は聞いたこともない女性をである。
動機は無い。言ってしまえばただの、気まぐれだ。死体は青山の中に見つけた湖に捨てた。
私はおかしいのだろう。気まぐれで人を殺すのだから…。
だが、国会議員や、警察官や、どこかの社長を殺した覚えは無い。
これだけは、信じて欲しい。







危ない危ない、忘れるところだった。
私が無実だということを他人にわからせるために私なりに考えてみた。まず真犯人を見つけなければならない。
犯人は、そう、あの、おじさんだ。
拘留されるまで思い出しもしなかったの不思議なおじさん。真犯人はあのおじさんに違いない。理由も根拠も科学的裏付けも何も無い私にとっての、確かな自信がそこにはあった。
私は断言しよう、犯人はおじさんである。犯人をおじさんに固定して話を進めよう。
まず、私が逮捕された証拠である。最も有力なのはやはり警視庁に送られた犯行声明文だろう。僕の部屋のペンを使って僕の部屋の紙を使って、僕の筆跡で送られた犯行声明文。それら全てに私の指紋がついていた。ペンと紙は間違いなく私のものであるから、私の指紋がついているだろう。私の筆跡はまったく問題にならない。
筆跡は、見れば、まねることもできる、だろう。
きっとおじさんは、僕が学校へ行っている間に、僕の部屋に忍び込み僕のペンを使い僕の紙に、僕の筆跡であの手紙を書き郵送したに違いない。これでその問題は解決した。
次に動機だがもちろん無い。だが僕は一人の女性を気まぐれで殺しているので弁解をする気は無い。
そして厄介なのがアリバイだ。私が殺したと思われている被害者が死んだ日、僕はずっと家にいた。暇だったんだから仕方ない。友人も隣近所との付き合いも無い僕にアリバイは皆無だった。もちろん僕を、見た人もいないだろうしまた見た、人がいたら気味が悪いぐらいだ。
これら、全ての、証拠は、全て私が、犯人だと物語って、いた。
それでも、私は全て、仕組まれたことだと言えるのだ。あのおじさんが、私を犯人にしたてあげるために仕組んだことだと。
あのおじさんはきっと、僕が殺した女性の父親に違いない。娘の敵討ちなのだろう。子を殺された親の憎しみは凄いらしいからきっとそうなのだろう。
不思議な行動で僕の興味を引き、さりげなく被害者に近づき、…そうだあの時テレビに映っていたじゃないかやっぱり犯人はおじさんに違いない。
信じて欲しい、私は、やって、ない。殺してない。本当、だ本当に、本当で、す。真実は私、しか、信じてない。他の人は間違ってる、気付いて欲しい、もう時間が無い、頼む信じてくれ。私は、やってない!


                        夏休み最後の日
                         私は自分の人生に
                           終止符を打つ。





「遺言状」

『最後の夏休み』












 以上が、私が入手した彼の最後の手記である。
彼は、この手記を書き終えた直後に自殺した。
 まず、ジャーナリストという職務につきながら、一年近くもこの手記を発表しなかったことを謝罪したい。
決して正当な方法で入手した訳ではなく、この事件での警察の動きがあまりにも慎重で、下手をすると私が捕まるかもしれないという恐れから、長い間、悩んでいたのだ。
だが、私は発表することを決意した。たとえ逮捕されようとも、世論は私を評価してくれると信じているからだ。
この手記を発表するにあたって、私はあることを悩んでいた。彼の手記には、彼が断っていたように、文脈等でおかしい点が見られた。その部分を、意味を変えずに書き直すか否か、である。だが、あまり情報を知らされていないこの事件の特徴を考えると、下手に内容を変えるわけにもいかないことから、私は、彼の書いた内容を忠実に再現することにした。そのため、多少不明瞭な部分もあるだろうが、理解してもらいたい。
また、彼が手記の中で語っていた日記のことだが、警察が厳重に保管しており、見る事は不可能だった。
だきれば警察は、その内容を発表して欲しい…。
 では、最後にこの手記を発表するにあたって、協力してくれた大勢の人に感謝したい。皆さんの助けが無ければ、ここまでくる事は不可能だっただろう。 その感謝の言葉は、ここでは語りつくせないほどである。
それでは、私たちの無事を祈りつつ、このあとがきを終わりにしよう。

                   2003年7月18日 23:24
                              自室にて…

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