血塗られた道


『血塗られた道』


いち
『心』

今日の天気は僕の心と同じ。
気持ちがいいほどの快晴。
僕は張り切って外に出た。
“楽しみ”“嬉しい”“ドキドキ”
そんな感情が、僕の足を急がせる。
急ぐ必要なんてまったく無いのに、気持ちと足は止まってはくれない。
でも、それでいい。
ここでゆっくり歩いてたら、僕は逸る自分の気持ちで死んでしまうだろう。
自分の愛する人と出会うのがこんなに待ち遠しいなんて知らなかった。
片思いだったときとは違うその感じに、僕は幸せを感じた。


待ち合わせの場所に着いた。
もちろん、彼女はまだ来ていない。
僕が早すぎたのだ。
しばらく待つことになるが、それでもかまわない。
その時間さえも、今の僕にとっては幸せなのだから


しばらくして、彼女がやってきた。
「早かったのね」
彼女の第一声に、僕は正直に答えた。
“早く逢いたかったんだ、君に”と。
彼女はちょっと照れたような顔をする。
それにつられて、僕も何だか気恥ずかしくなる。
ほんの少しの沈黙の後、彼女が短く言った。
「行きましょう」
僕は“うん”と答えて、彼女と一緒に歩き出した。
今日は、彼女との初めてのデートの日。
今日の天気は僕の心と同じ。
いや、僕と彼女の心と同じ。
気持ちがいいほどの快晴。
僕と彼女は、その下を歩いた。
まだ、手を繋ぐだけで、ドキドキする。
“アミ”
その、彼女の名を呼ぶだけで、耳が真っ赤になる。
そして、彼女の笑顔を見るだけで、鼓動が早くなる。
本当に彼女のことが好きなんだなって、愛しているんだなって実感しながら、生きていれる。
それが、何より嬉しくて、何より大切にしたいと思った。
この先どんなことがあっても、この想いだけは、忘れたくない。
透き通りそうな青空の下で、僕は強烈に、そう願っていた。





に
『崩壊の序曲』

あつい。
暑い。
アツイ。
熱い。
どうして?
何故、あつい?
思考が…、まとまらない。
僕は、何をしているんだろう?
よく見るべきだ。
ナニを?
腕の中。
ウデの、なか?
腕の中には、彼女がいる。
彼女?
アミ。
あみ。
アみ。
あミ。
彼女だ。
アミが、僕のウデの中に。
どうして?
僕は、ナニをしてる?
アミは、裸?
おかしい。
彼女を、抱いているのか。
ヘン?
変、だ。
だって、僕とアミは、まだそんな関係じゃない。
関係?
かんけい。
望みは、それだろう?
ノゾミ?
僕の、のぞみ。
は。
アミとスる、こと?
あみとすること。
夢にまで見た状況。
暑くて、熱い。
体じゃなくて、心が、あつい。
のか。
それとも。
アツイのは、アミの方なのか。
意識は霧。
見えないくせに、そこにある。
白。
しろ。
シロ。
シろ。
しロ。
白で、意識が、しろくなる。
シろで、意識が、埋め尽くされる。
しロが、濃くなっていく。
濃くなっていって、僕は。
彼女の。
アミの。
首に。
歯を。
たてた。


「ぁ…、はぁ、はぁ、はぁ」
果てた。
と、同時に目が覚めた。
背中には汗。
口元には涎。
そして、下半身には。
「な、んで…、あんな、ゆ…め」
荒い呼吸で、頭を抱える。
下半身が独特の冷たさで気持ちが悪いが、そんなことにかまっていられない。
焦りながら、覚醒した頭で必至に考える。
僕は、夢で。
アミを。
抱いていた。
いや。
抱いて。
首に。
噛み付いたのか?
噛み付いて。
イった?
イッた。
「どうして…?」
ほんとに、どうしてだ?
アミを抱きたいと思っても、噛み付きたいなんて思ったことは一度も無い。
なのになんで、夢であんなことをしてしまったんだろう?
しかも、それで。
イく。
なんて。
下半身にまとわりつく気持ち悪さが、気分まで悪くさせる。
でも、それよりも気持ち悪いのは。
夢でアミを噛んだ瞬間に快感を感じた。
僕自身だ。
窓の外を見る。
今日の天気は僕の心と正反対。
気持ちがいいほどの快晴。





さん
『招かれざる訪問者』

変な夢は、それから毎日見るようになった。
アミが腕の中にいて、最後に噛み付く夢。
気持ち悪いのは、初めの頃にあった嫌悪感が、今は無いこと。
起きて、アミを噛んだことを思い出して、気持ち悪くならなくなったこと。
それどころか。
アミを噛んだことを思い出して、興奮している僕がいる。
それは、信じられないことだった。
あみをかんでこうふんする。
そんなぼくはしんじられない。
そんな僕が信じられないなら、僕はどうすればいいんだろう?
僕がボクを、否定する?
ボクが僕をヒテイしたら、ぼくはどうなってしまうんだろう?
僕はぼくじゃなくなって、別の誰かになってしまうんだろうか?
「お待たせ」
アミの声。
どうやら考え事をしているうちに、待ち合わせの時間になっていたようだ。
アミはいつもよりオシャレな格好で、僕の前に姿を現した。
「じゃ、行きましょ」
僕の手をとって、歩きだす。
心臓がはね上がる。
繋いだ手を通して、アミの温もりが伝わってくるからだ。
そのとき。
前を歩く。
アミの首筋が。
チラリと見えた。
“ドクン”
見た途端。
それを認識したとたんに。
僕の心臓は、さっきまでとは比較にならないくらい。
大きく動いた。
今日の天気は僕の心から遠い。
気持ちがいいほどの快晴。


夜になった。
別れの時間。
僕はいつものように、アミを家まで送り、別れの挨拶をする。
「それじゃぁ、また」
アミはいつものように、笑顔で家の中に入っていく。
僕は、別れの言葉を返しながら、その首筋に見入っていた。
“ドクン”
心臓が大きく動く。
体が熱くなって、下半身が暑くなる。
気を抜けば、家に入っていく寸前のアミを押し倒し、すぐにでも抱いてしまいたくなる。
僕は、そのボクの衝動を抑えた。
頭が痛い。
自分が自分でわからなくなる。
アミの首筋を見ただけで、ここまで欲情してる自分自身がわからない。
僕は、一体どうなってしまったんだろう?
ボクは、一体誰なんだろう?
“ドクン”
心臓が、大きく、動く。
熱い。
体が、あつい。
暑い。
心が、アツイ。
“ドクン”
シンゾウが、オオキク、ウゴく。
意識が、白くなる。
あたまがぐらぐらして、チカラガヌケル。
“ドクン”
シンぞうガ、オオキク、うゴク。
視界が、ユガム。
僕は、たってイルのか?
“ドクン”
しんぞうが、おおきく、うごく。
わからない。
何かが、ワカラナイ。
“どくん”
オオキク、うゴク。
ナニモカモガ、ワカラない。
ボクは、ダれ?
“どくん”
ウゴく。
“ドクン”
うごく。
“どくん”
うごク。
“ドクん”
僕の中の、誰かが、動く。
“ドくん”
ぼくのいしきはそこでとだえてボクのいしきがでてきてぼくはボクをみる。


時は夜。
暗闇の中を駆ける。
手には獲物。
上等な、獲物。
月は半分。
灯は微弱。
ひときわ大きな、屋敷が見える。
目的地は、我が城。
そこで、この獲物を味わおう。
その時を想い、胸が高鳴る。
高揚する気持ちは、動かす手足に力を与える。
“楽しみ”“嬉しい”“ドキドキ”
そんな感情が、私の足を急がせる。
さぁ、急ごう。
そして味わおう。
この獲物の、汚れ無き体を。


城に着いた。
中にいた獲物は、みんな前菜とした。
美味ではないが、ある程度の欲求を満たすことはできた。
だが、メインがまだだ。
持ってきた獲物をねかせる。
赤いシーツがかかったテーブルにねかせる。
服をはぐ。
服はイラナイ。
用があるのは、その体。
獲物が起きる。
悲鳴を上げる。
かまわない。
そんな事は障害のうちにも入らない。
むしろ。
獲物が新鮮だという事は。
嬉しいことではないか。
“ドクン”
心臓が高ぶる。
あぁ。
今日は。
最高の。
ディナーだ。





よん
『その瞳に未来は映ることなく』

“どくん”
ふいに。
僕が。
戻ってきた。
頭が、うまく、まとまらない。
一体どれだけ、僕は、ボクで、いたんだろう?
“どくん”
心臓が、大きく、動く。
体が、ナニかで、濡れている。
見ようとして、ミてみる。
“どくん”
あか?
僕の体は、赤。
紅一色だった。
“ドクン”
いや、違う。
僕の体だけじゃない。
あたり一面、アカ。
“ドクン”
アカが、たくさん。
赤が、いっぱい。
あかが、多い。
紅が、いる。
“ドクン”
アツイ。
暑い。
あつい。
熱い。
“ドクン”
意識が、熱い。
心が、暑い。
頭が、白い。
体が、赤い。
“ドクン”
ひときわオオキク、心臓が、うごいた。
“それ”を“みた”ときに。
“ドクン”
すごく大きく、シンゾウが、動いた。
“それ”を“にんしき”したときに。
あたり一面の赤。
その中に、モノがあった。
液体の中に、固体があった。
一つの、者。
“アミ”
知らず知らず。
その者の名前を。
呼んでいた。
“どくん”
とてもオオきく、しんぞうが、ウゴイタ。
それで。
全部。
思い出した。
獲物の悲鳴。
獲物の抵抗。
獲物の表情。
獲物の肌の感触。
獲物の弾力。
獲物の血の色。
獲物の味。
獲物の、血の味。
「あぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
吼えた。
リアルな感覚を消そうとして、ほえた。
気持ち悪い。
そんな、気持ち悪い。
口が、手が、舌が、脳が。
獲物の、彼女の、メインの、アミの。
感覚を、覚えている。
それは、嫌だ。
気持ち悪い。
気持ち悪い、はずだ。
気持ち悪くなくては、いけない。
なのに、どうして。
自分は、こんなにも。
コウフン。
して、いるのだろう?
目の前に横たわる、アミ。
その紅いからだの首筋を見て、ボクは興奮している。
カミツキタイ。
“どくん”
目の前に横たわる、アミ。
その赤い体を見て、僕は興奮している。
「は、はははっ」
笑い声。
笑わなきゃ、おかしくなる。
いや、もうおかしくなっているのか。
愛する人を失ったのに、悲しまないんだから。
「はははっ、は、は」
失った?
違う。
彼女は、ここにいる。
ウシナッテナドイナイ。
命が無いなら。
命を与えればいい。
「ははっ、あは、ははははははっ」
僕は、彼女を掴んだ。
幸い、彼女は、服は着ていない。
僕は迷うことなく、彼女を抱いた。
命が無いなら、僕が、命の子供タチをあげよう。
「ははははははっ、は、は、は、はは」
熱い。
体が、熱い。
暑い。
心が、暑い。
なのに、何故だ?
彼女の中は、全然、あつくない。
「はは、はは、はは、ははははははっ」
笑った。
悲しくて、笑った。
なのに、僕は。
コレイジョウナイホドコウフンシテイル。
「はは、ははは、ははははははははははははははははははははっ」
果てた。
達した。
出した。
放った。
イッた。
射精した。
植え付けた。
何度も、なんども、ナンドモ。
僕はアミに、命を、与えた。
なんて快感。
なんて幸せ。
なんて狂気。
なんて狂喜。


そして、やがて、アミは、生き返った。
何も喋らない。
その体は赤で、瞳は何も映してないけど。
それでも、アミは、生き返った。
僕の言うことを何でも聞く、人形みたいになって。
僕は思った。
これからは。
ずっと一緒にいられると。
アミを抱きしめながら。
そう思った。





ご
『ムーンライト』

それから、僕は、彼女と一緒だった。
僕の食事は、彼女以外の人形で事足りた。
アミとすごす、幸せな時間。
いつまでも続くはず、だった。
“どくん”
心臓が、一回だけ、大きく、動く。
また、人形が壊されたらしい。
これで、手持ちの人形はアミ一人。
だが、アミをこの城から出そうとは思わない。
僕の人形を壊して回るのは、恐ろしい相手だからだ。
僕は、知っている。
会ったことはないのに、知っている。
そいつに出会ったら、アミはひとたまりもないだろう。
だから、今宵は、僕が出かけた。
アミを城に残して。


久しぶりの外。
久しぶりの夜道。
月は、満月。
灯は、煌々。
夜空には、忌々しい月が一つ。
今宵の食事は、無事済んだ。
さぁ、帰ろう。
アミが待つ、城へと。


“どくん”
かつてないくらい、心臓が、はね上がる。
「いた」
目の前に、そいつがいる。
「まだ死徒がいるのに、本体が外に出るなんてね」
そいつの後ろに、何かが、転がっている。
「珍しいこともあるじゃない。てっきり逃げ出したと思ってたのに」
それは。
「まぁいいわ。戻ってきてくれて好都合よ」
四肢をバラバラにされた。
「さぁ、死んでもらうわよ」
アミだった。
「あ、み…」
「あみ?何を言ってるの」
死んだ?
アミが?
殺された?
あみが?
「あなたの人形は全部破壊したわ。あなたの王国も終わりよ」
目の前のそいつが、アミを、殺した。
“ドクン”
心臓が、イッソウ大きく、はね上がる。
熱い。
体が、熱い。
暑い。
心が、暑い。
興奮する。
欲情じゃない。
ワスレテイタ。
これは。
怒りというカンジョウダ。
「き、さ、ま…」
「あら、ようやく口を開いたわね」
この女。
八つ裂きに。
して犯ル。
「うぉぉぉぁぁぁぁぁっ!」
「でも、死んでもらうわよ、ロア」
許せない。
「はっ!」
殺す。
「こっちよ!」
殺さなければならない。
「何処見てるの?」
なのに、何故だ?
「とんでけ!」
なぜ、あの女には、傷一つ付けられん?
「なに、今回はてんで弱いのね。ロア」
「だれ、だ…」
「えっ?」
「ロアとは、だ、れだ?」
「誰って、まさか覚醒してないの?」
何だ。
「でも、覚醒してないなら、こんな力を持つわけないか」
何故この女は、知らない奴の話をしている。
「ということは、覚醒して、その力を押さえ込んだっていうこと…?」
イライラする。
「でも、そんなこと、有り得ないか」
この女は、僕の全てを奪っておいて、僕のことを見ていない。
「とぼけてるの、ロア?」
それは、屈辱。
計り知れない、クツジョク。
「まぁいいわ、どっちでも」
“どくん”
心臓が動く。
怒りか、屈辱か。
どっちだかワカラない感情が、僕を支配する。
「もう飽きたわ。いい加減、死んでもらうわよ。ロア」
“ドグン”
心臓が、締め付けられる。
それは、恐怖?
「僕を、見ろ」
知らない誰かを見ながら、僕を殺すな。
「僕を、見ろ…」
お前は、僕の存在を否定しながら、僕を殺すのか?
「見てるわよ。ちゃぁんと」
嘘だ。
お前は、僕を見ていない。
「さよなら、ロア。これで何回目か、もう覚えてないけど」
「僕を、みろぉぉぉぉぉっ!!」
全力で、お前に、僕を、焼き付けてやる。
「肉片も、残さないから」
「が、ぁ…」
体が、刻まれる。
いや、刻まれるなんてモノじゃない。
大音響とともに、カラダが微細に崩れていく。
いや、それすらも生ぬるい。
痛みはないのに、その現象に最大級の気持ち悪さを感じる。
「ぁあ、は、…あ」
言葉が無い。
さっきまでの怒りや、屈辱。
想いが、吹き飛ぶ。
死が。
自分を待つという、コト。
それで、全てが支配される。
「さよなら、ロア」
その言葉を最後に、何も聞こえなくなる。
あの女は、最後まで、僕を見ていなかった。
「アルク、ェイド」
知らず、口が動いた。
そして。
僕は。
終わった。
そして。
ボクが。
消えていった。
ぼくはようやく。
僕に戻れた。
アミ…。
彼女のことが思い出される。
本当に彼女のことが好きなんだなって、愛しているんだなって実感しながら、生きていれる。
それが、何より嬉しくて、何より大切にしたいと思った。
この先どんなことがあっても、この想いだけは、忘れたくない。
透き通りそうな青空の下で、僕は強烈に、そう願っていた。
ふと、そんなことも思い出した。
“アミ”
言葉に出来ない言葉で。
僕はそうつぶやいた。
もし、僕が意識だけじゃなかったら。
僕の顔は、涙でいっぱいになっているだろう。
“アミ”
ごめん。
そして。
ありがとう。
“アミ”
愛してる。
本当に。
あ。
い。
し。
て。
る。


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