出でよ!風林火山!!





時は奈良時代末期。
恋や想いを文に託した時代。
愛の詩の出来次第で恋の行方が変わる。そんな時代の物語。



小原栞は病弱だ。
正確に言えば、極端に体力が少ないと言ったほうがいいかもしれない。
短い距離を走ることさえ困難なうえに、すぐに息切れを起こしてしまう。
しかし、長い黒髪は大人の雰囲気と艶っぽさをかもし出し、今年15の年を迎えたばかりの少女とは誰が創造できようか。
いつも物悲しげな表情を浮かべている栞に、幼い頃に見せてくれた見ていて楽しくなるような笑顔を戻せたい栞の実の兄――小原士郎は、毎日起こった出来事を、その日の夜に栞に話すのが日課だった。そして。士郎は今夜も栞が来るのを自分の部屋にて静かに待つ。

障子に蛍みたいな月光が降り注ぐ。
年の頃は18くらいか、整った顔立ちが少し強張っている。
小原士郎はいつも、この時間になると心配になるため、いてもたってもいられない。
「遅い!栞はまだこないのか!」
6畳間の一人部屋。士郎のほかには誰もいない。
「今日はいつもより遅いような気がする…栞…」
ため息ひとつ。士郎は部屋の中をウロウロし始めた。
士郎は栞に今日あった事を話したくてウズウズしているのではなく、栞が無事、自分の部屋まで辿りつけるか心配だったのだ。
一度――こんなことがあった。
速く歩きすぎて疲れてしまい、動けなくなってしまったのだ。
そのときはあまりの遅さに、士郎が探しに向かおうとしたら部屋まで数メートルの位置で力尽きた栞を発見した。そのときの彼女の病弱ぶりは、荒い呼吸のせいで言葉も発することができないほどだったのを覚えている。
「栞…」
士郎の緊張が最高潮に達したとき廊下に誰かの足音がした。
「兄様」
今にも消え入りそうな声。
月明かりが障子に小さな影をつくる。
「兄様、詠んでくださいましたか」
「栞よ、とりあえず入れ」
しばらくして障子が開けられた。
「兄様」
「わかっておる、今詠む。しばし待たれよ」
静かに時が流れる。
「…!!」
「どうでしょうか?私の気持ち」
「栞…おまえ」
士郎の言葉をさえぎるように栞が叫ぶ。
「わかっています。それでも!私は兄様のことが大好きなのです」
「……」
ため息ひとつ。士郎は諭すように話し始める。
「栞もわかっているとは思うが、もし誰かに私と栞が愛し合っていることが分かれば…。島流しにされる。
わかるな?それともそれだけの覚悟があってのことなのか?」
「……私は……」栞は士郎とみつめる。そして士郎が口を開く。
「私は……いやだ」目をそむけつぶやくように士郎は言った。
「………」
「………」
しばし、静寂が支配する。
「…兄様」
やさしく包み込むような声。
栞の手には小刀が握られていた。
「栞、なにを……」
言葉半分、士郎は言葉を飲んだ。
「これが私の覚悟…」
長い腰までの黒髪が首の後ろでバッサリと切られた。長さの揃わない髪が涙で濡れた頬に張り付く。
「栞、おまえ…」
「これでもだめでしょうか…?」
「………」
声が出ない。士郎は言葉を探していた。
しばらくして――。
「ばかなことを――」
はきすてるようにいった。
部屋の中の小さな燭台の明かりが外からの風でゆらゆらと大きな影を揺り動かす。
「月が――」
栞の言葉に反応するかのように部屋の明かりがふっと消えた。
「月がとても綺麗です。どうでしょう、こちらで御いっしょしていただけませんか?」
振り向きざま、少しだけ残念そうに笑う栞がとても美しく見えた。

「………」
自分が今感じたことを認めまいとして大きくかぶりを振る。
(私は…)
下唇を強く噛み締めながら、栞の元へと歩みはじめた。
一歩一歩がすごく重たい。
(私は…栞…)
すごく長い距離に感じたのは余計なことを考えてしまったからだろう。
「満月か…」
部屋の外はちょっとしたが中庭みたいになっており、そのまま眺める位置に月はでていた。
「綺麗ですね…」
「ああ…」
やさしく降り注ぐ月明かりがとてもあたたかく感じた。

…いつのまにか、二人は寄り添うように肩が近づく。
しかし、その光景を見つめる影ひとつ。
「栞。本当に後悔しないな?」
「はい!」
士郎と栞の会話を聞いているのは小原家を監視していた藤原家の影――つまり忍がそこにいた。
「………ん」
栞の許婚は藤原の次男であったが栞のことが気になっていたため、家の忍びに見張らせていたのだ。
忍びは静かにその場を去っていった。



そして、小原兄妹は別々の場所へ別々の日、お互いの顔をみることなく島流しにされた。





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